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樹海考

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青木ヶ原樹海

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――新刊『樹海考』が好評の、ルポライター村田らむ氏が緊急寄稿! 前編はこちら

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樹海考』(晶文社)

 僕(村田らむ)が青木ヶ原樹海を取材しはじめて20年近くになる。行った回数でいえば100回を超えている。

 その思い出をまとめて『樹海考』(晶文社)として出版させていただいた。

 この本では、樹海の成り立ち、樹海の中にある宗教団体、樹海に関して囁かれる都市伝説の秘密……などなど様々なアプローチから樹海を取り上げた。興味がある人はぜひ読んでいただきたい。

 もちろん“樹海での自殺”についての考察もある。僕はここ数年、樹海の死体を見るイベントを開催している。毎回多くのお客さんが来場している。一般的に死体というのは“見たくない”とされる物だ。では集まっている人たちは異常者なのだろうか? 僕はそうだとは思わない。

 なぜ「人は死体を見たくなるか」というと、現代の日本人には「死に対する情報が少ない」からだと思う。

 もちろんテレビやネットでは毎日“死”に関するニュースが流される。殺人事件や事故、自殺、戦争、などだ。だがそれらのニュースは「誰々が死にました」というただの情報だ。本当かどうかはわからない。絶対に死体は映さない。

 現代社会を普通に生きていたら、葬式の時の小窓から覗く死化粧をした死体や、調理用に綺麗に切りそろえられた動物の死体しか目にしないだろう。

 まるで「現実には死なんてないんだよ」と、皆でウソをつきあって生きているように見える。

 でも実際には死はある。

 それは誰しもの身に、近い将来訪れる圧倒的な“終わり”だ。

 もちろん死を隠した結果、普段は死を意識せず、怯えずに生きられるのは幸せかもしれない。

 でも、樹海ナイトにはお客さんが集まってくる。みんな、人間が死んだらどのようになるのかを見たがっている。

 なぜだろうか?

 僕は、脳が「死にたいする情報をもっと欲しい」と感じているからではないかと思う。

 みんな生きるために、死の情報を脳にインプットしたがっているのではないだろうか?

 少なくとも僕はそうだったと思う。……と、自分の悪趣味を正当化してみた。

 というワケで、樹海に転がる骨を見る企画、第二弾である。はりきって行ってみよう!!

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