『電気刑に処される直前のゾウのトプシー』

1903年1月4日は、ニューヨークのサーカスで生まれ育ったアジアゾウのトプシーがエジソンの電気会社により電気で処刑された日である。
ニューヨーク・コニーアイランドの遊園地「ルナパーク」内のサーカスへ1875年にやってきたトプシーは、幼少期からの虐待のストレスが原因なのか、3名の調教師を殺していた。一部の報道では12名を殺したと言われていたが、それは“凶悪なゾウ”を喧伝するためであったと言われており、実際には5〜6件の殺人事件(観客を含む)であったようである。
そして、サーカスのオーナーはトプシーを扱いきれないとして薬殺を決定したが、トーマス・エジソンの電気会社「Edison Electric Illuminating Company of Brookly」がその電気による死刑を提案し、エジソンの映画会社が記録映像を撮影し、衆人環視の中で電気ショック死をさせられたのだった。
この写真は写真左にある橋を渡って処刑場に向かうトプシーの写真である。係の者はニンジンやリンゴを餌にして進ませようとしたものの、トプシーはそれを拒み、なかなか処刑場に渡らなかったという。
トプシーは東南アジアから赤子同然の時に密輸されてアメリカのサーカスで育ったゾウだった。
彼女の人生は人間のために運搬され、人間のために調教され、人間のために処刑され、人間のためにその処刑シーンを上映されたのである。
人類の繁栄は、電気に象徴される数々の発明と、傲慢なまでの危機回避の上に成り立っていることを忘れてはならない。

(写真はWikipedia Topsyより使用。Public Domain)

1月4日の不幸

1960年
【交通事故死】【怪死】アルベール・カミュ(Albert Camus)【小説家/フランス】代表作『異邦人』『ペスト』等で知られる20世紀のフランスを代表する小説家。1957年に史上2番目の若さでノーベル文学賞を受賞。1960年1月4日に友人のミシェル・ガリマールが運転する自家用車でヨンヌ県ヴィルブルヴァンを走行中にパンクし、木に衝突死。没年46歳。180キロを超えていたとも運転手がてんかんを起こしたとも言われているが、KGBによって暗殺されたという説もある。
1961年
【死去】エルヴィン・シュレーディンガー【物理学者/オーストリア】「波動力学」「シュレーディンガー方程式」「シュレーディンガーの猫」などを提唱し、量子力学の発展に絶大な貢献を果たした物理学者。イギリスの理論物理学者ポール・ディラックとの共同研究「新形式の原子理論の発見」により、1933年にノーベル物理学賞を受賞した。結核で73歳没。
1965年
【死去】T・S・エリオット(Thomas Stearns Eliot)【詩人/アメリカ・イギリス】1948年にノーベル文学賞を受賞した戦前を代表する世界的詩人。アメリカに生まれ、世界各国に留学した後にイギリスに帰化した。代表作に、5部で構成される長詩『The Waste Land(荒地)』等がある。ロンドン・ケンジントンの自宅で慢性閉塞性肺疾患により死亡。没年76歳。
1995年
【暗殺未遂事件】「オウム真理教被害者の会会長VX襲撃事件」長男をオウム真理教から脱会させた「オウム真理教被害者の会」会長の永岡弘行が、自宅から出たところをオウム真理教教団員の山形明と高橋克也に尾行され後頭部にVXガスを噴射された事件。帰宅後に痙攣を起こし慶應義塾大学病院に緊急搬送され69日間の治療で一命をとりとめた。警視庁はこの事件を自殺と認定していたが、1995年に逮捕された実行犯により事実が判明した。
2009年
【交通事故死】ジゼール・サランディ(Giselle Salandy)【プロボクサー/トリニダード・トバゴ】13歳でプロデビューし、2004年にWBC、WBA女子スーパーウェルター級世界王座を獲得。その後2008年までに、IWBF、NABC、WBE、IWBA、WIBA、WIBFと8つの団体の王座を獲得し、17戦全勝(6KO)無敗のまま交通事故で死亡した。没年21歳。彼女の死は、国葬となった。
2011年
【自殺】モハメド・ブアジジ(Mohamed Bouazizi)【露天商/チュニジア】チュニジアのザイン・アル=アービディーン・ベン=アリー政権を倒した「ジャスミン革命」の原因となった自殺をみせた貧しい露天商。自らに許可を出さず横柄な態度に出た役所の前で焼身自殺したところ、その動画がインターネット上で反政府運動に火を着け、チュニジア全土の反政府デモを誘発した。結果的にジャスミン革命、そして近隣諸国を巻き込んだ「アラブの春」の原因となった。
2011年
【自殺】アリー・レザー・パフラヴィー(Prince Alireza Pahlavi)【王族/イラン】イラン・パフラヴィー朝最後のシャーであるモハンマド・レザー・パフラヴィーの次男。イラン革命後はアメリカに亡命しイランの研究などに励んでいたが、2011年1月4日にマサチューセッツ州ボストンの自宅で拳銃自殺。没年44歳。2001年に妹のレイラも自殺している。