『自殺直前に周囲の人間を制するバド・ドワイヤー』

1987年1月22日は、アメリカのペンシルベニア州上院議員、バド・ドワイヤーが、自らに下された収賄罪の有罪判決に抗議するために記者会見を開き、その場で拳銃を口に突っ込み自殺を遂げた日である。
この自殺は公衆の面前で、しかもカメラのあるところで撮影された自殺としては世界の有史以来最も有名な自殺のひとつである。
だが不思議なことに、このテンションの高い芝居がかったその表情が、近年はもはや死を超越してポップカルチャーに転じてしまっているのだ。
アメリカのバンドRapemanは1988年に『Budd』なるEP盤をリリース、人気オルタナティブ・バンドのFaith No Moreは1992年にバド・ドワイヤーの最期のテープの音源をサンプリングした楽曲『World Is Yours』をリリース、Fit for an Autopsyなるデスコア・バンドは直球そのものの『Thank You Budd Dwyer』なる曲を2013年に発表した。
以前から、Tシャツになるほど有名であったこの自殺だが、本人の意図を遙かに超えて人気が出てしまった現状は、やはり“悲劇”としかいいようがない。

(写真はWikipedia R. Budd Dwyer より使用)

1月22日の不幸

1976年
【死刑】大久保清【牛乳店等・犯罪者】画家や小説家などの芸術家を偽装し若い女性ばかりを強姦、殺人していた昭和を代表する連続殺人犯。ロシア系の血を引く容貌と言葉巧みな話術で次々と犯行を重ねた。1971年だけで最低8人の犠牲者が続出、群馬県警に逮捕された。獄中から手記『訣別の章』を出版した。1973年2月22日に前橋地裁で死刑の判決が下り、1976年1月22日に東京拘置所で死刑執行。没年41歳。
1993年
【死去】安部公房【小説家】(つづきから)倒れたのが愛人の山口果林宅であったことが話題となったが、山口は2013年に告白手記『安部公房とわたし』を出版。20年にわたる愛人関係と安部の前立腺ガンでの闘病を公表し、議論を呼んだ。
1993年
【死去】安部公房【小説家】小説『壁 - S・カルマ氏の犯罪』で1951年に芥川賞を受賞、その他代表作『砂の女』『他人の顔』等の前衛的な作品群で世界にも知られる昭和の日本を代表する小説家。1973年には自身の劇団「安部公房スタジオ」を主宰し、井川比佐志、田中邦衛、仲代達矢らの俳優と演劇活動をともにした。1992年12月25日深夜に執筆中に脳溢血で倒れ、そのまま翌年1月22日に急性心不全で死亡。没年68歳。(つづく)
2008年
【薬物中毒死】ヒース・レジャー(Heath Andrew Ledger)【俳優/オーストラリア】2005年の『ブロークバック・マウンテン』での演技が絶賛され、26歳でアカデミー主演男優賞にノミネートされたオーストラリア出身の気鋭演技派俳優に。将来を嘱望された2008年1月22日に睡眠薬等の併用による急性薬物中毒によりマンハッタンの自宅で急死。長年の不眠症に悩まされて常用していた薬での悲劇となった。没年28歳。死後公開された『ダークナイト』の鬼気迫る演技でアカデミー助演男優賞他多くの映画賞を獲得した。