『事件直後の帝国銀行椎名町支店の現場』

1948年1月26日は、帝国銀行椎名町支店の銀行員12名が毒殺され、現金・小切手併せて18万1千円(現在の100倍程度の価値)が強奪された「帝銀事件」が起きた日である。
事件当日午後3時頃、帝国銀行(現三井住友銀行)椎名町支店に、白い腕章を巻き、東京都衛生員を騙る男が厚生省技官の名刺を差し出して入行。
「近隣で集団赤痢が発生したのでGHQが行内を消毒する前にその予防薬を飲んで欲しい」「この銀行内に感染したひとりが既にいる」とその場にいた銀行員と用務員一家併せて16人に青酸化合物を飲ませ、その場で11人を殺害。搬送先の病院での1人を加え合計12人を殺害し、現金16万円と2万1千円分の小切手を持って闘争したという事件。犯人も最初に手本として薬剤を飲んだことから、全員が信じてしまったという顛末であった。
犯人が渡した「厚生技官 医学博士 松井蔚 厚生省予防局」という名刺自体は本物であったためにその所持者が容疑者として嫌疑をかけられ、その中から過去に銀行で詐欺事件を起こしており、当日現場近くを歩いていたという平沢貞路が犯人として8月21日に逮捕された。
しかし、生き残った被害者たちは誰ひとり平沢が犯人だと断定しなかった。
この事件の悲劇はここから始まる。
過去に誘拐事件の解決で名が通っていた刑事・平塚八兵衛の拷問まがいの取り調べを受け、1カ月後に平沢は犯行を自白してしまったのだ。その最中である逮捕後4日目には平沢は自殺未遂事件を起こしており、その理由は定かではないが、その後の公判で無罪を主張したことから考えるなら、その取り調べの苛烈さに耐えきれなかったという可能性も考えられるだろう。
その後も2回、併せて合計で3回の自殺を図った平沢だったが、1955年に死刑が確定。そのあまりに強引な操作は社会問題化し、松本清張・小宮山重四郎等の著名人も解放への運動を展開したが、恩赦はならず。しかし死刑の執行に必要な法務大臣の執行命令も下されないまま1987年の5月10日に、平沢は獄中死したのだった。死刑判決確定後、32年目の悲劇であった。
平沢の死後も、その遺族が名誉回復を期して再審請求を続け、2015年にも第20次再審請求が東京高裁に申し立てられている。
今やその真相が明らかになることはないが、帝銀事件が終わっていないのは事実なのである。

(写真はWikipedia 帝銀事件より使用。Public Domain)

1月26日の不幸

1年
準備中
1855年
【自殺】ジェラール・ド・ネルヴァル(Gérard de Nerval)【詩人/フランス】代表作『火の娘』『オーレリア、あるいは夢と人生』『ローレライ』等で知られる19世紀ロマン主義を代表する詩人。1841年以降、精神状態に異常をきたし入退院を繰り返していたとされ、1855年1月26日にヴィエイユ=ランテルヌ通り近くの下水道の鉄格子で首吊り自殺。没年46歳。その死後にアンドレ・ブルトンがその作品を引用し、シュルレアリスム運動に影響を及ぼした。
1948年
【大量殺人】【怪事件】「帝銀事件」午後3時頃、帝国銀行椎名町支店に、東京都衛生員を騙る男がその場にいた銀行員と用務員一家併せて16人に青酸化合物を飲ませ、11人を殺害(搬送先の病院でもう1人が死亡)、現金16万円と2万1千円分の小切手を持って逃走した。8月21日に画家の平沢貞路が犯人として8月21日に逮捕され、1度は犯行を自白したがその後の公判では無罪を主張。1955年に死刑が確定したが、誰もが確証を持てないまま32年が経過し、1987年の5月10日に平沢は獄中死した。
1979年
【腹上死】ネルソン・ロックフェラー【政治家】ロックフェラー家の隆盛を築いたジョン・ロックフェラーの孫であり、第41代アメリカ合衆国副大統領を務めた政治家。稼業の石油業に携わりながら国政に参加し政治家に転身。ニューヨーク州知事からニクソン大統領の辞任で繰り上がったジェラルド・フォード大統領時代に副大統領を務めたが、大統領にはなることができなかった。1979年1月26日に愛人宅で腹上死。浮気の発覚を恐れた愛人女性が1時間ほど報知し、救急対応た遅れたことがその死因であったと言われている。
1995年
【急死】蔵間龍也【大相撲力士・タレント】長身・二枚目の大相撲力士として21年の現役生活で関脇まで務めた後に1989年で現役引退。翌年からはタレントに転身し大相撲解説やバラエティ番組で活躍したが、現役引退直後から慢性骨髄性白血病を患い闘病生活を送っており、現役引退後年寄・錣山を襲名後すぐ廃業した理由を病気が発覚したためと後に明かしている。1995年1月26日に急性転化多臓器不全のため急死。没年42歳。死の数日前にカセットテープに吹き込んだ遺言で、誰にも同情されたくはなかったことを明かした。
1997年
【死去】藤沢周平【小説家】映画化もされた代表作『たそがれ清兵衛』等、江戸時代の下級武士や庶民荘をテーマにした時代小説の大家として知られる小説家。1973年には『暗殺の年輪』で第69回直木賞を受賞している。1995年頃からかつての結核手術での輸血でかかった肝炎により入退院をくりかえし、1997年1月26日に肝不全で死亡。69歳没。
1998年
【政治】【スキャンダル】「モニカ・ルインスキー不倫事件」当時のクリントン米大統領がホワイトハウスでのテレビ中継された記者会見で「モニカ・ルインスキーとの不適切な関係はなかった」と発言。現職大統領とホワイトハウス実習生の醜聞が世界的な話題に発展した。
2008年
【死去】ジョージ・ハバシュ【活動家/パレスチナ】イスラエル・ロッド生まれだが第一次中東戦争の結果家族が難民に。1967年にパレスチナ解放組織「パレスチナ解放人民戦線(PFLP)」を結成し、その指導者として活動。1960年〜1970年代に、日本赤軍やバーダー・マインホフ・グループ、カルロス等多くの政治結社と連携しハイジャックやテロを実現した。2000年5月にPFLP議長を引退。2008年1月26日に亡命していたヨルダン・アンマンで心不全のため81歳没。