『サリンジャーとその著作「ライ麦畑で捕まえて」の表紙』

2010年1月27日は、1951年に出版した青春小説『ライ麦畑で捕まえて』で世界的人気を獲得したアメリカの小説家・J・D・サリンジャーが死亡した日である。
世代を超えて長年にわたり若者のバイブルとなった同作であったが、不幸なことに、ジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマン、ロナルド・レーガンを射撃したジョン・ヒンクリー、レベッカ・シェイファーを射殺したロバート・ジョン・バルドという3人の殺人犯の愛読書としても知られている。
青年期の繊細な心情に訴えかけるその文体はまた、殺人という“社会からの脱落”を目前に控えた彼らの揺れる心にとってもまた、精神的な拠り所となってしまったのだろうか。
同作のヒットで富と名声を手にしたあとのサリンジャーは、周囲との関わりを立つようになり、社会的には孤立した状態でその後の人生を送った。
1965年に発表した『ハプワース16、1924年』の後は新作を書き上げることもなく、晩年は公名活動を一切立ったまま2010年に死亡している。
孤独な存在の言葉を拾い上げることのできるサリンジャーの希有な才能は、彼自身の孤独の中でしか育まれないものだったのかもしれない。

(画像はWikipedia J. D. Salingerより使用。Public Domain)

1月27日の不幸

1985年
【暗殺】竹中正久【ヤクザ】3代目田岡一雄の後を継ぎ1984年6月5日から第4代目組長として暴力団山口組を牽引したヤクザ。武闘派のイメージとは裏腹に六法全書を暗唱するなど勉強家としても知られた。後継問題で揺れている最中の1985年1月27日に大阪府吹田市のマンションで待ち伏せをしていた一和会二代目山広組系組員により銃撃され、意識不明のまま翌日に死亡した。51歳没。
1990年
【怪死】【早世】江戸アケミ【ミュージシャン】1979年に結成されたパンク・ファンク・ロックバンド「じゃがたら」のリーダーとして活躍したミュージシャン。ほぼすべての曲で作詞・作曲・ボーカルを務めていたが、1983年〜1985年にかけて精神疾患を患い活動休止。その後1990年1月27日に入浴中に溺死した。没年36歳。江戸の死をもってバンドも解散となった。
1993年
【急死】アンドレ・ザ・ジャイアント(André René Roussimoff)【プロレスラー/フランス】身長223センチ、体重236キロという巨体を活かし、アメリカ、日本のプロレスで活躍した世紀の巨人レスラー。"世界8番目の不思議""大巨人""人間山脈"等のあだ名で人気を博した。父親の葬儀のためにフランスに帰国していた1993年1月27日、パリのホテル内で急死。死因は急性心不全。生涯にわたる大量の飲酒癖がその体を蝕んでいたとされる。没年46歳。死後WWE殿堂の第1号レスラーとして表彰された。
2007年
【怪死】エレーナ・ロマノワ(Yelena Nikolaevna Romanova)【陸上競技選手/ロシア】1992年バルセロナオリンピックの女子3000メートル走で金メダルを獲得した世界的長距離ランナー。ロシア陸上協会のコーチ在任中にヴォルゴグラードのアパートで死亡しているところを発見された。死因は不明。没年43歳。
2008年
【死去】スハルト(Haji Muhammad Soeharto)【政治家・軍人/インドネシア】若くして軍に入隊後、第2代インドネシア大統領にまで登り詰めた政治家。1965年の「9月30日事件」の事後処理で求心力を失った前スカルノ大統領に代わり政権を引き継ぎ、以降30年にもわたり"開発独裁"の名の下に、親類縁者を政権中枢に引き入れ鉄壁の政権を築き上げた。1999年7月に脳梗塞で倒れてからは入退院を繰り返し2008年1月4日に全身性浮腫と心機能低下で入院。そのまま27日に多臓器不全で死亡。没年86歳。
2008年
【死去】百瀬博教【作家・詩人・格闘技プロデューサー】石原裕次郎の弟分として用心棒を務めていた頃に拳銃不法所持で逮捕され6年間の刑務所服役後、『絹半纏』で詩人デビュー。『新潮45』で『不良日記』『週刊文春』で『不良ノート』等のコラムを連載し、人気アウトロー作家に。アントニオ猪木との親交から格闘技イベント『PRIDE』のプロデューサーも務め"PRIDEの怪人"の異名で知られた。1月27日の深夜2時40分頃に自宅を訪ねた知人が、風呂場で意識不明の百瀬を発見。病院に搬送されたがそのまま死亡した。没年67歳。
2010年
【急死】永井一郎【声優】国民的アニメ『サザエさん』の磯野波平役で知られる人気声優。アニメ『YAWARA!』の猪熊滋悟郎等爺さん役で数多くの名演を残した。晩年まで活動を続けていたが、2014年1月27日に、仕事で訪れていたホテルで浴槽に倒れているところを従業員に発見され、病院に搬送されたが急死。虚血性心疾患による心不全で82歳没。葬儀の最後は波平の口癖であった「バカモン!」を参列者一同で唱和し、送り出した。
2010年
【死去】 J・D・サリンジャー(J. D. Salinger)【作家/アメリカ】(つづきから)同作のヒットで富と名声を手にしたあとのサリンジャーは、周囲との関わりを立つようになり、社会的には孤立した状態でその後の人生を送り、1965年に発表した『ハプワース16、1924年』の後は新作を書き上げることもなく、晩年は公名活動を一切立ったまま老衰で死亡。没年91歳。
2010年
【死去】 J・D・サリンジャー(J. D. Salinger)【作家/アメリカ】1951年に出版した青春小説『ライ麦畑で捕まえて』で世界的人気を獲得したアメリカの小説家。世代を超えて長年にわたり若者のバイブルとなった同作であったが、不幸なことに、ジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマン、ロナルド・レーガンを射撃したジョン・ヒンクリー、レベッカ・シェイファーを射殺したロバート・ジョン・バルドという3人の殺人犯の愛読書としても知られている。(つづく)
2014年
【死去】坂東眞砂子【小説家】デビュー直後は児童向け小説を書いていたが、後にホラー作品の路線に転向した小説家。1996年の第116回直木賞 を『山妣』で受賞した。2006年8月11日に『日本経済新聞』に掲載した連載コラムで「飼い猫が生んだ子猫をがけの下に放り投げて殺している」という内容の記事を発表し、問題になった。2013年に舌ガンが発見され、翌年1月27日に死亡した。55歳没。