『著書「アメリカン・スナイパー」のサイン会に出席した時のクリス・カイル』(2012年頃撮影)

2013年2月2日は、“ラマーディーの悪魔”の異名で知られたアメリカ海軍の伝説的な狙撃手、クリス・カイルが射殺された日である。
2003年からのイラク戦争に4度の派兵を通して、イラク側から懸賞金がかけられるほどの活躍をみせたスナイパーで、その活躍は後の2014年にクリント・イーストウッドが監督した映画『アメリカン・スナイパー』のモデルになるほどであった。
母国でのヒーローとなったその戦功とともに除隊後の虚脱感が映画の作中でも描かれていたが、PTSDを患った元海兵隊員エディー・レイ・ルースの母親からの依頼を受けて射撃訓練の最中に、一緒に訓練をしていた退役軍人のチャド・リトルフィールドとともに射殺された。
退役後の苦しみからアルコールとドラッグに溺れた若き隊員がその回復のために伝説的な海兵隊員に救いを求めた末の悲劇であった。

(写真はWikipedia Chris Kyleより使用。Public Domain)

2月2日の不幸

1979年
【薬物中毒死】【怪死】シド・ヴィシャス(Sid Vicious)【ミュージシャン/イギリス】(つづきから)"シド&ナンシーの"呼び名でパンク・ムーブメントのアイコンと化していた恋人のナンシー・スパンゲンとともに宿泊していたニューヨークのチェルシーホテルに宿泊中の1978年10月13日にナンシーの遺体が発見され、シドがフロントに通報。凶器と見られるナイフがシドのものであったために殺人容疑で逮捕されたがレコード会社の保釈金により保釈となった。(つづく2)
1979年
【薬物中毒死】【怪死】シド・ヴィシャス(Sid Vicious)(つづき2から)ジャケットの中に残されていた遺書には"先だったナンシーとの約束のために死ななければならない。彼女の隣に埋めてくれ"等と書かれており、半ば自殺であったことが示唆されている。
1979年
【薬物中毒死】【怪死】シド・ヴィシャス(Sid Vicious)【ミュージシャン/イギリス】1970年代後半に伝説的な活躍をみせたバンド「セックス・ピストルズ」に加入し、その型破りなキャラクターで音楽業界内に止まらない熱狂的な支持を受けたパンク・ロッカー。ベーシスト。バンド解散後にフランク・シナトラの代表曲『マイ・ウェイ』をカバーしたことでも知られている。重度の麻薬常用者としても知られ、晩年はステージでのパフォーマンスにも深刻な影響を及ぼすほどに。(つづく)
1983年
【焼死】深見千三郎【芸人】浅草のストリップ劇場『浅草ロック座』『フランス座』でのコントや各種演芸で長きにわたり人気を博した舞台芸人。若き日のビートたけしなど、そこに集う若手芸人の師匠的な存在として後進の育成にも努めた。晩年はフランス座の経営にも加わったが、後に業績不振で経営権を手放している。引退後の1983年2月2日に自宅アパート松倉荘にてタバコの不始末で火事を起こし焼死。没年59歳。
2002年
【死去】海老一染太郎【曲芸師】傘の上でものを回す等の伝統演芸「太神楽」と「おめでとうございまーす」「いつもより多めに回しております」の名フレーズで長年にわたり人気を博した兄弟の曲芸コンビ「海老一染之助・染太郎」の兄であり、MCで活躍した"頭脳労働"担当。70歳の誕生日である2002年2月1日の翌日に胃ガンで死亡した。没年70歳。
2007年
【自殺】大杉君枝【アナウンサー】1987年に日本テレビに入社し旧姓の鈴木君枝としてアナウンサーとして活躍。2003年に再婚した相手との間に子供をもうけ2006年10月に43歳で出産。その後育児休暇に入るが、翌年2月2日に東京都渋谷区にあった自宅マンションから転落死した。遺書も見つかったために自殺とみられている。没年43歳。出産後に発症した線維筋痛症に悩まされており、それを苦にしての自殺であったとされている。
2013年
【射殺】クリス・カイル( Christopher Scott "Chris" Kyle)【軍人/アメリカ】(つづきから)2013年2月2日にPTSDを患った元海兵隊員エディー・レイ・ルースの母親からの依頼を受けて射撃訓練を指導していたところ、同じく退役軍人のチャド・リトルフィールドとともに射殺されるという皮肉な最期を遂げたことでも知られている。没年38歳。
2013年
【射殺】クリス・カイル( Christopher Scott "Chris" Kyle)【軍人/アメリカ】2003年からのイラク戦争における4度の派兵を通じて、イラク側から懸賞金がかけられるほどの活躍をみせ、"ラマーディーの悪魔"の異名で恐れられたアメリカ海軍の伝説的な狙撃手。2014年にクリント・イーストウッドによって映画化された『アメリカン・スナイパー』の著者でもある。母国のヒーローとなったその戦功とともに除隊後の虚脱感が話題となった。(つづく)