『1975年に発売されたカーペンターズのアルバム「CARPENTERS LIVE IN JAPAN」のジャケット内側の写真』

1983年2月4日は、1970年代に全世界的なヒットを連発した兄弟デュオ、カーペンターズのカレン・カーペンターが死亡した日である。
1969年にA&Mレコードと契約し、兄リチャードと共にカーペンターズとして19歳でデビュー。翌年に発売された『Close to You(遙かなる影)』が全米ビルボードランキング1位を獲得、その後発売された同名アルバムも絶大な支持を受け、20歳にして早くもスターダムに登り詰めた。
その後も『Superstar』『Yesterday Once More』『Top of the World』等のヒット曲を連発し、アメリカのみならず、日本を含む世界的なスーパースターとなった。
しかし、“太りすぎている”といないかということを気にしていたために、摂食障害を患い、下剤と甲状腺促進錠剤、嘔吐剤を多量に常用していたという。
その後も無謀なダイエットを続けたカレンの体重は、30キロ代に突入し、心不全で亡くなった頃、最終的には163センチで35キロほどという状態にまでなっていったとされる。
一説によればこの着物姿の写真が撮影された時期が最も太っているといわれているが、特に問題のあるレベルにはないのは明らかである。
スターならではの意識の高さが裏目に出たという歌姫カレン・カーペンターの32歳での早世は、当時はまだ一般的ではなかった摂食障害という病気を世界的に認知させるきっかけになり、今では誰もがその恐ろしさを共有できるまでになっている。
我々の歴史は、乗り超え続けてきた数多くの不幸の上に成り立っているのである。

(画像は『CARPENTERS LIVE IN JAPAN』(1975年/A&M RECORDS発売)より使用)

2月4日の不幸

1983年
【摂食障害死】カレン・カーペンター(Karen Anne Carpenter)【ミュージシャン・シンガー/アメリカ】(つづきから)その後も『Superstar』『Yesterday Once More』『Top of the World』等のヒット曲を連発し、アメリカのみならず、日本を含む世界的なスーパースターとなった。しかし私生活では摂食障害を患い、下剤と甲状腺促進錠剤、嘔吐剤を多量に常用するという無謀なダイエットを続け、1983年2月4日に実家で倒れ、そのまま心不全で死亡。没年32歳。
1983年
【摂食障害死】カレン・カーペンター(Karen Anne Carpenter)【ミュージシャン・シンガー/アメリカ】1969年にA&Mレコードと契約し、兄リチャードと共に結成した兄弟デュオ、カーペンターズのメンバーとして、1970年代に全世界的なヒットを連発したミュージシャン、シンガー。19歳でデビューし、翌年に発売された『Close to You(遙かなる影)』が全米ビルボードランキング1位を獲得、その後発売された同名アルバムも絶大な支持を受け、20歳にして早くもスターダムに登り詰めた。(つづく)
2005年
【死去】ルイス・サンチェ(Luis Mercedes Escobar Sánchez)【プロ野球選手/ベネズエラ】MLBを経て1986年に読売ジャイアンツに入団。サンチェの登録名で同球団のリリーフ投手として活躍したが、翌年足の故障などで退団し現役引退。2005年2月4日に母国にて脳血管疾患で死亡した。没年51歳。