『フィリップ・K・ディックのポートレート』

1982年3月2日は、アメリカを代表する世界的SF作家、フィリップ・K・ディックが死亡した日である。
1982年の映画『ブレードランナー』の原作となった『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』をはじめ、その死後、数多くの著作が映画化されたことで著名になった作家であるが、その作品の人気に見合うような評価はその人生の間では得られなかった。
現代の相互監視ネット社会を先取りしたような『スキャナー・ダークリー』、近年スノーデンにより暴露されたような政府による監視社会を描いたかのような『マイノリティ・リポート』等、その著作はあらゆる示唆、予見に満ちているものばかり。
まるで予言書のように扱われ続ける彼の作品群は現在もこぞって映像化されており、そのこと自体、彼の視線の鋭敏さを何より雄弁に語っているだろう。
ディックは、1960年代までの著作はすべて薬物を常用している最中のであったことを後年自ら語っているが、果たしてそれがすべての予言への回答になるといえるのであろうか?
ディック自身は頭脳を酷使しすぎたためか、はたまた過度の覚醒状態を自らに強いてきたことへの反動か、53歳で脳死状態に陥り、そのまま人生を終えているが、その肉体は朽ちても、その頭脳はこの先も永久に生き続けるのだろうか。

(写真はWikipedia Philip Kindred Dickより使用)

3月2日の不幸

1930年
【死去】D・H・ローレンス(David Herbert Richards Lawrence)【小説家/イギリス】1982年発表の代表作『チャタレー夫人の恋人』等、露骨な性描写を含む恋愛作品で知られる小説家。同作は1951年に日本語翻訳版を手がけた伊藤整とその出版元小山書店に対しわいせつ物頒布罪を問う通称「チャタレー事件」の元になった作品としても知られている。少年期から肺炎を患っており、晩年はフランスのサナトリウムに移り、妻に看取られながら死亡した。没年44歳。
1982年
【死去】フィリップ・K・ディック(Philip Kindred Dick)【小説家/アメリカ】アメリカを代表する世界的SF作家。1982年の映画『ブレードランナー』の原作となった『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』をはじめ、その死後、数多くの著作が映画化されたことで著名になった作家であるが、その作品の人気に見合うような評価はその人生の間では得られなかった。その他代表作に『スキャナー・ダークリー』『マイノリティ・リポート』等。1982年2月に脳梗塞を起こし脳死状態に陥り、5日後の3月2日にそのまま人生を終
1991年
【死去】セルジュ・ゲンスブール(Serge Gainsbourg)【歌手・ミュージシャン・映画監督・俳優/フランス】1958年に歌手デビュー。1965年に作詞・作曲を務めたフランス・ギャルの『Poupée de cire, poupée de son(夢見るシャンソン人形)』の大ヒットで名を売り、ブリジッド・バルドーとの不倫関係やジェーン・バーキンとの事実婚、そしてその恋愛対象とのスキャンダラスな共作活動で一躍時代の寵児に。(つづく)
1991年
【死去】セルジュ・ゲンスブール(Serge Gainsbourg)【歌手・ミュージシャン・映画監督・俳優/フランス】(つづきから)反体制的でエロティシズムに溢れた作風で、バーキンとの間に生まれたシャルロット・ゲンズブールとの競演を果たした近親相姦的な世界観の作品でも話題を集めた。晩年はバーキンとの別離の原因にもなった多量の飲酒と喫煙で心臓病を患い、1991年に心筋梗塞で死亡。没年62歳。
2005年
【死去】久世光彦【演出家・小説家】1964年にテレビ東京に入社後、ともに向田邦子脚本の『寺内貫太郎一家』『時間ですよ』という国民的人気ドラマを手がけたことで知られる演出家。自身の不倫問題が元で同社を退社後も株式会社カノックスを設立し、テレビドラマやバラエティの演出、制作を手がけたほか、小説やエッセイを発表するなど多岐にわたり活動し続けた。晩年は糖尿と脳梗塞を患いながらも活動を続け、2006年3月2日に虚血性心不全で急死した。70歳没。
2005年
【死去】マーティン・デニー(Martin Denny)【ミュージシャン/アメリカ】他民族的な打楽器を取り入れたインストゥルメンタルのラウンジ・ミュージックの世界観を西洋音楽に持ち込み、1956年に発表した『エキゾチカ』に始まる作品群でエキゾチック音楽というジャンルを確立した"エキゾチカの父"。ホノルルで93歳没。