『写真館で撮影された20歳の時の金子みすゞ』

1903年3月10日は、詩人の金子みすゞが服毒自殺を遂げた日である。
創作活動を禁じた夫との離婚問題を苦にし、ひとり娘を自らの母に託すという遺書を残してたった26歳でこの世を去った。
それは詩人としても女性としても、無念さの極地といえる人生の終え方といっていいだろう。
また、父の急死から親戚家を転々とした幼少期、夫との不和も含め、運命に翻弄されたかのような彼女の人生の中で生み出されたのは、人間、生命に対するこの上なく慈しみ深い視線をたたえた詩ばかりであった。
自らの死を易々と投げ出してでも救いたいもののために、金子みすゞは死んだのである。
そんな彼女の早世で埋もれていた詩作が、その死後50年経って発見されたのは、我々にとって幸福というほかない。

(画像はWikipedia Misuzu Kaneko より使用。Public Domain)

3月10日の不幸

1930年
【自殺】金子みすゞ【童謡詩人】

代表作『大漁』を読んだ詩人・矢崎節夫らにより遺稿が発掘され、1984年に出版されるやいなや人気を博した不遇の女性詩人。代表作に『私と小鳥と鈴と』『大漁』等。近年は2011年の東北地方太平洋沖地震発生当時にACジャパンが取り上げた『こだまでしょうか』が話題に。生前は創作活動を禁じた夫との離婚問題を苦にし、ひとり娘を自らの母に託すという遺書を残してたった26歳で服毒自殺を図り、この世を去った。

1980年
【死去】ティーブ・釜萢【ミュージシャン】

アメリカ・カリフォルニアのロサンゼルス郊外で生まれた日系2世のジャズ・ミュージシャン、シンガー。ムッシュかまやつことかまやつひろしの実父。第二次世界大戦直前の1930年代後半に来日し、演奏活動のかたわら、1950年には日本初のジャズ音楽専門学校「日本ジャズ学校」を設立。日本のジャズ界に多大な貢献を果たした。同行の卒業生にはミッキー・カーチス、平尾昌明、ペギー葉山、日野晄正など錚々たる人材が並ぶ。没年68歳。

1997年
【死去】萬屋錦之介【俳優】

歌舞伎俳優・初代中村錦之介から転身し、時代劇俳優・万屋錦之介として大成功を納めた昭和の大俳優。映画『丹下左膳 飛燕居合斬り』、テレビ『子連れ狼』の拝一刀等、数々の当たり役で一世を風靡した。自ら経営した中村プロダクションの不振で多額の借金を抱え、さらには重症筋無力症、右目の角膜剥離など様々な障害を克服しながら芸能生活を続けたが、1996年に咽頭ガンを発症し、NHK大河ドラマ『毛利元就』の尼子経久役を降板。1997年3月10日午後2時41分、千葉県柏市にある国立がんセンター東病院で肺炎のため死亡した。没年64歳。

2008年
【自殺】【殺人事件】李昊星(Lee Ho-seong/イ・ホソン)【プロ野球選手・実業家】

1990年にヘテ(後に起亜)・タイガースに入団し、1990年代後半には4番打者として活躍した強打の外野手。同チーム在籍中に4度の韓国シリーズ優勝に貢献した。2001年には第3代プロ野球選手協議会会長に就任。2001年に引退、その後実業家に転身し結婚式場「ホソン・ウエディングプラザ」を開業するも2003年に廃業。さらに家族を保証人として10億ウォンの融資を受けてスクリーン競馬場事業を始めるが市民団体の反発を招き倒産。2005年に不動産投資における詐欺容疑で逮捕。この頃に妻と別居し逃亡。2008年2月下旬に李と交際していた45歳の女性とその3人の娘が失踪する事件が発覚。容疑者として李が指名手配されたその日にソウルの漢江で水死体で発見された。警察発表によると、女性との金銭問題で4人を殺害した李が、入水自殺したものとの推定 。没年40歳。

2011年
【死去】坂上二郎【コメディアン・歌手・俳優】

浅草フランス座で出会った萩本欽一との「コント55号」で黎明期のテレビ・バラエティで爆発的な人気を獲得。「飛びます、飛びます」等のギャグで一世を風靡したコメディアン。代表的なものに『コント55号の裏番組をぶっとばせ!』『コント55号のなんでそうなるの?』『ぴったし カン・カン』等。後年萩本がMCや劇団、野球の活動を優先するようになってからは、性格俳優や歌手として活動することが多かった。脳梗塞で76歳没。

2013年
【事故死】滝下毅【声優】

ゲーム『戦国無双』シリーズの司馬懿役などで活躍した青ニプロ所属の声優。2009年に同プロダクション所属の鹿野潤と結婚したが、2013年3月10日未明に東京都調布市の多摩川の河川敷で死亡しているところを発見された。橋から転落しての事故死と見られている。没年37歳。

2016年
【自殺】キース・エマーソン(Keith Noel Emerson)【ミュージシャン・作曲家/イギリス】

1970年代に活躍したプログレッシブ・ロック・バンド「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」のキーボーディストとして人気を博したミュージシャン。シンセサイザーをいち早くロックに持ち込んだ人物としても知られている。2016年3月10日に米カリフォルニア・サンタモニカの自宅で東部に銃弾を撃ち込み自殺。没年71歳。発見したパートナーのカワグチ・マリによれば、晩年は鬱病やアルコールの依存症に悩まされていたという。