1945年3月12日は、世界で大ベストセラーになった『アンネの日記』の著者である少女、アンネ・フランクが、捕らえられたナチスドイツの強制収容所内で死亡した日である。

ナチスドイツのユダヤ人迫害を逃れてオランダに亡命した銀行家・オットー・フランクの一家の次女であるアンネは、アムステルダムの隠れ家で2年間の逃亡生活をオランダ語で日記にしたためた。
その日記は隠れ家で世話をしていたミープ・ヒースが保管しており、戦後、生き残ったオットーに手渡される。
そしてひとりの明るい少女の日記が、戦争の残酷さを物語る世紀の出版として1947年にオランダで出版。その後ドイツ語日本訳され、世界中の言語に翻訳されていった。その数、およそ60カ国、出版部数にして累計2,500万部を超える大ベストセラーとなったのだった。
ナチスのベルゲン・ベルゼン強制収容所の劣悪な環境でチフスにより死んでいった15歳のアンネであったが、その若く希望に溢れる少女の魂は、永遠のものとなったのだった。

(写真はWikipedia Anne Frankより使用。Public Domain)

3月12日の不幸

1年
1945年
【獄中死】アンネ・フランク(Anne Frank)【作家】

世紀のベストセラーである『アンネの日記』の作者として知られるユダヤ系ドイツ人の少女。ナチスドイツのユダヤ人迫害を逃れてオランダに亡命した銀行家・オットー・フランクの一家の次女であるアンネは、アムステルダムの隠れ家で2年間の逃亡生活をオランダ語で日記にしたためた。その日記は隠れ家で世話をしていたミープ・ヒースが保管しており、戦後、生き残ったオットーに手渡され、1947年にオランダで出版。その後ドイツ語日本訳され、世界中の言語に翻訳されていった。その数、およそ60カ国、出版部数にして累計2,500万部を超える大ベストセラーとなったのだった。ナチスのベルゲン・ベルゼン強制収容所の劣悪な環境でチフスにより死亡。没年15歳。