『「ナンバー1コダック」の図面と1954年に発行されたジョージ・イーストマン生誕100周年の3セント記念切手』

1932年3月14日は、世界初のロールフィルムを発明し、イーストマン・コダックの創業者として知られるジョージ・イーストマンが拳銃自殺した日である。
晩年は脊椎管狭窄症からくる絶え間ない苦痛に苛まれ、1932年3月14日に「To my Friends, My work is done. Why wait?(友よ、私の仕事は終わった。なぜ待たねばならないのだ?)」という遺書を残して自らの頭に銃弾を撃ち込み自殺を遂げた。その“世紀の発明”で20世紀のメディアに決定的な革新をもたらし、莫大な富を得た人物の自殺とその言葉は、我々が今後生命の価値を考える際に、ひとつの示唆となり続ける。

(写真はWikipedia George Eastmanより使用。Public Domain)

3月14日の不幸

1471年
【死去】トマス・マロリー(Sir Thomas Malory)【騎士・議員・小説家/ウェールズ】

アーサー王の伝説の根拠となっている小説『Le Morte d'Arthur(アーサー王の死)』の作者として知られる中世ウェールズの騎士。マロリーは1950年代から死の直前まで20年近くにもわたりこの大長編を執筆したとされ、イングランド議会の議員ではあったものの盗みや強姦、暗殺未遂などで投獄されていた時期も執筆を続け、その間、少なくとも2度は脱獄経験があったといわれている。1471年3月14日に死亡。推定没年齢56歳。荒廃していたかのような人生ではあったが、彼が死ぬ際にいくばくかの富を持っていたことから、社会的には許容された存在であったとみなされている。

1883年
【死去】カール・マルクス(Karl Heinrich Marx)【哲学者・思想家・経済学者/ドイツ】

代表作『資本論』で知られ、フリードリヒ・エンゲルスの協力を得て「マルクス経済学」「マルクス主義」を確立し、19世紀以降の社会・経済・思想に絶大な影響を及ぼした人物。、1873年頃からは肝臓肥大の診断を受け、欧州各地を湯治で巡るようになり、1883年1月12日に長女のイェニーが死亡すると、その後を追うように同年3月14日死亡。没年64歳。死後行なわれ葬儀は本人の意志もあり20人程度が参列しただけの簡素なものだったという。

1932年
【自殺】ジョージ・イーストマン(George Eastman)【発明家・実業家/アメリカ合衆国】

世界で初めてロールフィルムを発明し、イーストマン・コダックの創業者として知られる人物。晩年は脊椎管狭窄症からくる絶えない痛みとに苦しみ、1932年3月14日に「To my Friends, My work is done. Why wait?(友よ、私の仕事は終わった。なぜ待たねばならないのだ?)」という遺書を残して自らの頭に銃弾を撃ち込み自殺を遂げた。没年77歳。

2007年
【死去】鈴木ヒロミツ【歌手・俳優】

ギターの星勝、実弟でドラムのスズキ幹治らと結成したサイケデリック・ロック・バンド「ザ・モップス」のボーカリストとして1966年頃にデビュー。当時のグループサウンズ全盛期には異色のサイケ路線で存在感を発揮し、『たどりついたらいつも雨ふり』『月光仮面』等のヒット曲で人気を博したが、1974年に解散。以降は性格俳優やグルメタレントとして芸能活動に専念。2007年3月14日に肝細胞ガンで60歳没。死後の2009年にその死の1週間前に語ったインタビューを元に家族への思いを綴った『余命三カ月のラブレター』が出版された。

2014年
【死去】宇津井健【俳優】

早稲田大学在学中の1952年に俳優座養成所に第4期生として入り、翌1953年の映画『思春の泉』で初主演。翌年新東宝に入社し、『鋼鉄の巨人(スーパージャイアンツ)』等に主演、若手二枚目スターのひとりに。新東宝が倒産後は大映に移籍し、ドラマ『東京警備指令 ザ・ガードマン』や山口百恵との『赤いシリーズ』でストイックな男性(父親)像を演じ国民的人気を博した。2006年に死亡した藤岡琢也の代役で人気ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』に出演するなど、橋田壽賀子作品の常連としても知られている。2013年ころから肺気腫に苛まれており、2014年3月14日、同月11日に容体が急変し入院していた愛知県名古屋市の病院で死亡。82歳没。死因は慢性呼吸不全。

2017年
【死去】渡瀬恒彦【俳優・歌手】

実兄の渡哲也とともに、昭和の日本を代表する俳優として兄弟で活躍した人物。早稲田大学法学部を卒業後、電通PR等でサラリーマンを経験。その後、当時東映企画製作本部長の岡田茂(後の東映社長)に見出され、1970年に石井輝男監督『殺し屋人別帳』の主役としてデビュー。その後も幼少期からの腕っぷしの強さを活かしたアクションで、アウトロー役やヤクザ映画で活躍。代表作に映画『仁義なき戦い』『南極物語』『天城越え』、ドラマ『真田太平記』『十津川警部シリーズ』『タクシードライバーの推理日誌』『おみやさん』『警視庁捜査一課9係』等多数。私生活では映画『三匹の牝蜂』で競演した女優の大原麗子と1973年に結婚したものの、1978年に離婚。2015年8月に胆嚢ガンが発見され、余命1年の宣告を受けるが、2017年2月までドラマ『そして誰もいなくなった』の現場に出続け、その撮影終了後に左肺の気胸、3月には敗血症を発症。そのまま胆嚢ガンからの多臓器不全で3月14日に72歳没。死の直前まで『警視庁捜査一課9係 season12』の台本を持ち込み台詞を覚えていたという。