1898年3月16日は、オスカー・ワイルド作『サロメ』の挿絵で世界的人気を誇る天才イラストレーター、オーブリー・ビアズリーが死亡した日である。
その魔術的と表現される描線は後年に絶大な影響を及ぼし、後のハリークラークや日本では佐伯俊男らのモノクロームの作品を作家的特徴とするイラストレーターに受け継がれ、日本の漫画家、魔夜峰央や手塚治虫にまで影響を与えたと言われている。
ビアズリーの作品を一躍世に知らしめたのは後に終生の共作者となったオスカー・ワイルドの『サロメ』の挿絵であるが、その挿絵群は『日本的すぎる』ということでワイルドはあまり気に入ってなかったという。しかしその後の作品でも共作は続き、エドガー・アラン・ポーの『黒猫』の挿絵を手がけるなど、ビアズリーは一躍人気イラストレーターとなっていった。
しかし1895年4月5日、ワイルドが同性愛の罪で逮捕されるというスキャンダルが起き、ビアズリー自身は同性愛者でなかったものの(一説には無性=アセクシュアルだった)、あらゆる職場を失い、以降は困窮と戦う人生になった。1897年に出所してきたワイルドに『レディング監獄の歌』の挿絵を頼まれたが、その依頼を断り、二度とワイルドとの仕事をすることはなかった。
では彼は、何を目的に作品を作っていたのか。
「I have one aim—the grotesque. If I am not grotesque I am nothing.」
ビアズリーはその目的をたったひとつ“グロテスクであること”と語った。
そんな彼が、異性愛というスキャンダルを嫌い、その死に際してエロティックな作品群を破棄するように願ったというから興味深い。
ビアズリーがたった25歳という人生の中で、数え切れない絶望を経験したことは想像に難くない。
だがそんなビアズリーの作品は、“他人が廃棄することができないほど”に魅力的に過ぎたのである。
ちなみに2015年3月16日は、日本を代表するイラストレーターの金子国義も死亡しているが、3月16日は世界中のイラストレーター、そしてそのファンにとっては忘れられない日であろう。

(画像はWikipedia Aubrey Beardsleyより使用。Public Domain)

3月16日の不幸

1年
1898年
【早世】オーブリー・ビアズリー(Aubrey Beardsley)【イラストレーター/イギリス】

オスカー・ワイルド作『サロメ』の挿絵で世界的人気を獲得した天才イラストレーター。その魔術的と表現される描線は後年に絶大な影響を及ぼし、後のハリークラークや日本では佐伯俊男らのモノクロームの作品を作家的特徴とするイラストレーターに受け継がれ、日本の漫画家、魔夜峰央や手塚治虫にまで影響を与えたとまで言われている。オスカー・ワイルドの作品の他、エドガー・アラン・ポーの『黒猫』の挿絵を手がけるなど、一躍人気イラストレーターとなっていったが、1895年4月5日にワイルドが同性愛の罪で逮捕されるというスキャンダルが起き、ビアズリー自身は同性愛者でなかったものの(一説には無性=アセクシュアルだった)、あらゆる職場を失い、以降は困窮と戦う人生になった。25歳で結核のため死去。死の間際にエロティックな作品群を破棄するように願ったが、その願いは受け入れられなかった。

1993年
【死去】笠智衆【俳優】

世界的映画監督・小津安二郎作品に欠かせない俳優として活躍した名優。1928年の『若人の夢』以降、『東京物語』『晩秋』『秋刀魚の味』等32本もの小津作品に出演し、大半を実年齢より上の年寄り役を演じた。『男はつらいよ』シリーズにも数多く出演する等、その他の監督作品でも活躍した。晩年は膀胱ガンを患いながらも活動は生涯に渡り続け、88歳で死亡。死の3カ月前に遺作の『男はつらいよ 寅次郎の青春』が公開された。

2015年
【死去】金子國義【画家】

1966年に翻訳者の澁澤龍彦の依頼で『O嬢の物語』の挿絵を手がけ、その耽美的なオリジナルの画風で人気イラストレーターとなった人物。『金子国義アリスの画廊』等、アリスをモチーフとした少女趣味的な作品や、退廃的なイラストレーションで国際的な人気を博した。虚血性心不全で東京都品川区の自宅で死亡。没年78歳。