『1945年頃、13歳のエリザベス・テーラーの宣材写真』

2011年3月23日は、子役として10歳でデビューして以来、20世紀を通じて大スターとして活躍し続けた女優のエリザベス・テーラーが死亡した日である。
女優として1960年の『バターフィールド8』、1966年の『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』でアカデミー主演女優賞を獲得するなど、映画スターとして思いつく限りの名声を獲得し続けていただけでなく、奇行に走るマイケル・ジャクソンとの終生続いた交際で知られるなど、まさにセレブリティという人生を歩み続けた“リズ”。その女優としての人生の特異さが発揮された一面に、7人の男性との8度にわたる結婚生活が挙げられる。18歳でホテル王の御曹司コンラッド・ヒルトン・ジュニアに始まり、スター俳優、映画プロデューサー、歌手、政治家と各界のセレブリティとの激しい結婚生活の果てに、最後の結婚相手に選んだのは20歳近く年の差のあった若い土木作業員の男であった。果たして、その過剰ともいえる祝福に溢れた人生は幸せであったのか——その真実を理解するものは今後も現われないであろう。ただ、2011年に鬱血性心不全で急死した彼女がその莫大な遺産の受取人のひとりとして選んだのは、15年以上も前に離婚し、みすぼらしい生活を続けていた最後の夫、ラリー・フォーテンスキーであった。

(写真はWikipedia Elizabeth Taylorより使用。Public Domain)

3月23日の不幸

1984年
【自殺】シャナ・グラント(Shauna Grant)【ポルノ女優/アメリカ】

高校卒業後恋人と家を飛び出し、ロサンゼルスでヌードモデルとして活躍。『ハスラー』『ペントハウス』等のヌード誌で瞬く間に人気を獲得した。彼氏と別れた彼女はシャナ・グラントを名乗りポルノ女優に転身。人気女優の仲間入りを果たしたが、同時にコカイン中毒も患っていった。1983年に現役を引退したが、引く手あまたの彼女は翌年ポルノ女優復帰を計画。その直後の3月21日にカリフォルニア・パームスプリングス拳銃自殺を遂げ、23日に死亡した。没年20歳。