『事件数日後のヒンターカイフェックの農場』

1922年3月31日はドイツバイエルン州のヒンターカイフェック(現ヴァイトホーフェン)の農場に住む家族ら6人がツルハシで皆殺しにされた「ヒンターカイフェック事件」の発生した日である。
被害者は63歳の農場主のアンドレアス・グルーバーとその妻ツェツィーリア、未亡人であった35歳の娘ヴィクトリア・ガブリエル、そしてヴィクトリアの7歳の長女ツェツィーリアと2歳の長男ヨーゼフ、さらにこの日に勤務を始めた女中マリア・バウムガルトナーの6人。彼らはこの人里離れた静かな農場に住んでいたために、死後4日を経過した4月4日になるまで発見されなかった。その原因としてはアンドレアスとヴィクトリアは近親相姦をしていることで周囲に知られており、ヨーゼフはその二人の息子であったと噂され、完全に近隣から孤立した家庭であったことが考えられている。
その他にも、この事件には謎めいた部分が多いのが特徴で、まず、ほぼすべての死体が発見された納屋から多額の現金が出てきたために、犯行の動機が不明であること、そして犯行当日以前から屋根裏に潜伏していたことがわかった犯人たちは数日現場に滞在していたこと(煙突の煙が目撃されている)、そしてヴィクトリアはしばらくの間生きていたこと(自らの頭髪を引き抜いた痕跡があった)、極めつきはマリアの前に女中として住み込んでいた女性は、半年前に辞めて行く際に「ここは何かに取り憑かれている」と言ってことなどが挙げられる。
極めてオカルト的なムードの濃い未解決事件であるが、捜査にもその側面は存在しており、当時霊媒術を操作に適用していたミュンヘン警察は死体の頭部をニュルンベルクの霊媒師に送ったというが、第二次世界大戦のさなかに喪失している。
まさしく《呪われた一家殺人》と形容するに相応しいこの一家殺人は、ドイツでも最も有謎めいた未解決事件のひとつであり、この事件を元にしたアンドレア・M・シェンケルの小説『凍える森』等で世界的に知られている。

(画像はWikipedia Hinterkaifeck murdersより使用)

3月31日の不幸

1970年
【ハイジャック】【テロ】【航空事件】「よど号ハイジャック事件」

共産主義者同盟赤軍派が福岡に向かう日本航空便をハイジャックした日本初のハイジャック事件。1970年3月15日に赤軍派議長・塩見孝也が逮捕されたことから危機感を覚えた田宮高麿ら実行グループ9人は日本刀や拳銃で武装して(後日武器が偽物であったと発覚)乗り込み「よど号」を制圧、機長らに北朝鮮の平壌を目指すように支持をしたが、副操縦士が燃料不足を主張士、いったんは当初の目的地であった福岡へ着陸。その場で23人の人質が解放された。その後韓国政府の協力でソウルを平壌と偽装し着陸したが犯行グループに見抜かれ、結果的には犯人たちの要求通り4月3日に平壌空港に辿り着き、北朝鮮への亡命が行なわれたのだった。なお、人質は運輸政務次官・山村新治郎の身代わりの申し出などもあって無事釈放された。

2016年
【急死】ザハ・ハディッド(Zaha hadid)【建築家/イギリス】

イラク・バグダード出身ながらサダム・フセイン政権から逃れ亡命したイギリスで活躍した女性建築家。脱構築主義を代表する世界的建築家の一人で、日本では2020年の東京オリンピックに向けて建造される予定の新国立競技場のデザイン・コンペの勝利者として有名になった。その後建築費の超過や実現性の低さが社会的問題となり、ザハ案は実行委員会により却下され、直後の抗議も含み、一連の東京オリンピック関連スキャンダルの目玉となった。しかしザハは以前よりそのデザインの行き過ぎた独創性で建築不能となることで知られており、"アンビルト(建てられない)の女王"として有名な人物であった。気管支炎治療のために訪れていた米マイアミのマウント・シナイ医療センターで心臓発作を起こし急死した。没年65歳。