『西岡恭蔵のデビューアルバム「ディランにて」のジャケット(1972年)』

1999年4月3日は、フォークグループ「ザ・ディラン」での活動や、矢沢永吉の『トラベリン・バス』『黒く塗りつぶせ』等のヒット曲の作詞などで知られるミュージシャンの西岡恭蔵が自殺遂げた日である。
大阪のフォーク喫茶「ディラン」に集う面々と結成した「ザ・ディラン」の活動後にソロシンガーを目指して脱退した西岡の代表曲といえば、煙草を止めるように諫めても止めてくれない恋人への愛を歌い飛ばす名曲『プカプカ』であり、この曲は当時のフォークカルチャーのアイコン的歌手で奔放な人生を送っていたことで知られたジャズ・シンガーの安田南をモデルに作られたものともいわれている。現在も憂歌団の木村充揮、山崎ハコほか、数多くのミュージシャンがカバーする名曲である。
そんな西岡も私生活では同じくディランに集ったメンバーの一人で作詞家のKUROと結婚し、多くの共作を残したことでも知られているが、1997年にKUROが乳ガンにより先立つと、西岡の表だった活動もなくなっていった。そして亡き妻の三周忌を終えた1999年4月3日、西岡は後を追うように自宅にて首吊り自殺を果たした。西岡の選んだ献身的な死に方を知り、1970年代の世相を反映し自由で風来坊な恋愛観を歌った『プカプカ』の詞を聴くと、人間の生と死の関係について、また新しい印象を受けずにはいられない。

(画像は西岡恭蔵「ディランにて」1972年/キングレコード)

4月3日の不幸

1582年
【戦死】武田信勝【戦国武将】

武田勝頼の子。織田信長軍との「天目山の戦い」に敗れ自害。没年14歳。

1582年
【自殺】【戦死】【切腹】武田勝頼【戦国大名】

武田信玄の子。織田信長軍との「天目山の戦い」に敗れ自害。没年36歳。

1682年
【事故死】バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(Bartolomé Esteban Perez Murillo)【画家/スペイン】スペイン・セビージャ生まれの画家。代表作は『無原罪の御宿り』等。制作中に足場から転落して死亡。64歳没。
1865年
【戦争】「南北戦争集結」 アメリカ連合国(南軍)の首都であったリッチモンドが陥落。事実上の終戦となった。
1882年
【射殺】【夭折】ジェシー・ジェイムズ(Jesse Woodson James)【ガンマン・アウトロー/アメリカ合衆国】

西部開拓時代アメリカで、兄のフランクと共に窃盗や殺人もいとわない犯罪者だったが、強者から奪い弱者をに分け与えるというような義賊的な評判で人気者に。自宅にて仲間の裏切りで射殺された。34歳没。

1897年
【死去】ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms)【音楽家/ドイツ】

ベートーヴェン、バッハと共にドイツ音楽の"3大B"といわれるロマン派の作曲家であり、ベートーヴェンの後継者ともいわれている人物。肝臓ガンにより63歳で死去。

1912年
【航空事故】【急死】カルブレイス・ロジャース(Calbraith Perry Rodgers)【パイロット/アメリカ合衆国】

ライト兄弟に師事しアメリカ大陸横断飛行を成し遂げたパイロット。1912年、カリフォルニアのロングビーチで行なわれた航空ショーで鳥の群れに突っ込んで海に墜落。没年33歳。

1927年
【事件】「漢口事件」中国の漢口にあった日本人駐留地域で日本人が迫害される事件。
1941年
【死去】太刀山峯右エ門【大相撲第22代横綱】幕内最高優勝9回、幕内195勝を誇る名横綱。引退後は相撲と関わらずないよう過ごし、63歳で死去。
1945年
【戦死】西村幸生【プロ野球選手】大阪タイガースなどで活躍したプロ通算55勝の名投手。ルソン島の戦いに参加し、フィリピンのバタンガスで戦死。
1946年
【処刑】本間雅晴【陸軍軍人】太平洋戦争フィリピン戦、バターンにて発生した捕虜大量死の移動「死の行進」の責任を取る形で処刑された。
1948年
【反乱】「済州島四・三事件」

韓国の政府を認めない済州島民たちが蜂起。島民の20パーセント近い6万人が政府に粛正された。

1957年
【死去】小林古径【日本画家】代表作に『鶴と七面鳥』等。1950年に文化勲章。没年74歳。
1990年
【死去】サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)【ジャズ歌手/アメリカ合衆国】

アメリカを代表するジャズ・ヴォーカリスト。1982年発売の『Gershwin Live!』でグラミー賞の最優秀ジャズボーカル賞を獲得。肺がんで死去。没年66歳。

1991年
【死去】グレアム・グリーン(Graham Greene)【小説家/イギリス】

代表作に小説『第三の男』等。ノーベル文学賞候補にも挙がる大作家だったが、児童売春の噂も絶えなかった。白血病で死亡。没年86歳。

1996年
【航空事故】「アメリカ空軍IFO-21便墜落事故」アメリカ空軍のボーイングCT-43がクロアチアのドゥブロヴニク空港(英語版)に着陸進入中に悪天候などを理由に墜落。搭乗していたアメリカ商務長官、ロナルド・ハーモン・ブラウンを始め全員が死亡。死者35名。
1997年
【安楽死】ホクトベガ【競走馬】中央競馬32戦7勝、獲得賞金888,126,000円。1997年にドバイで開催された第2回ドバイワールドカップで転倒、安楽死の措置がとられその遺体は日本に戻ることがなかった。7歳没。
1999年
【自殺】西岡恭蔵【シンガーソングライター】

フォークグループ「ザ・ディラン」での活動などで知られるミュージシャン、フォークシンガー。大阪のフォーク喫茶「ディラン」に集う面々と結成したザ・ディランの活動後にソロシンガーに。代表曲に当時のフォークカルチャーのアイコン的歌手で奔放な人生を送っていたことで知られたジャズ・シンガーの安田南をモデルに作られた、『プカプカ』がある。私生活では同じくディランに集ったメンバーの一人で作詞家のKUROと結婚し、多くの共作を残したことでも知られているが、1997年にKUROが乳ガンにより先立つと、西岡の表だった活動もなくなっていった。そして亡き妻の三周忌を終えた1999年4月3日、西岡は後を追うように自宅にて首吊り自殺を果たした。没年48歳。

2006年
【死去】メジロマックイーン【競走馬】

菊花賞、宝塚記念、天皇賞(春)等のG1レースに優勝した名馬。21戦12勝、獲得賞金1,014,657,700円。19歳没。生誕日も4月3日だった(1987年)。

2012年
【死去】永沼重己【理容師】パンチパーマを開発したが、元々は「チャンピオン・プレス」というネーミングだった。没年75歳。
2016年
【死去】和田 光司【歌手】

日本の歌手、主にアニソンシンガーとして活躍。1994年にアニメの主題歌『Butter-Fly』でメジャーデビュー。同曲はオリコンチャートで47位となり、自身の代表曲ともなった。2003年、上咽頭ガンであることがわかりライブ活動を休止。2年間の療養の後、活動を再開、翌年にはアニメの主題歌『デジモンセイバーズ』でメジャーへと復帰。2010年からユニットを結成するもガンが再発。2011年から療養期間に入り、2013年に再び復帰を果たす。しかし、2015年から体調不良に見舞われ療養。2016年、上咽頭ガンにより死去。没年42歳。2度の復帰から"不死蝶のアニソンシンガー"と称されていた。

2016年
【死去】望月三起也【漫画家】代表作『ワイルド7』等。肺腺ガンで死去。没年77歳。
2016年
【死去】チェーザレ・マルディーニ(Cesare Maldini)【サッカー選手・サッカー監督/イタリア】長年ACミランでキャプテンとして活躍した元イタリア代表選手(ポジションはディフェンダー)。引退後は同クラブの監督やイタリア代表監督、パラグアイの代表監督も務めた。息子に同じくACミランとイタリア代表で大活躍した名選手、パオロ・マルディーニがいる。没年84歳。
2017年
【テロ】「2017年サンクトペテルブルク地下鉄爆破テロ事件」

ロシアのサンクトペテルブルグ地下鉄2号線内のセンナヤ広場駅・工科大学駅区間で起こった爆発事件。トンネル内で起こったこの爆発は自爆テロの疑いがあるとされ、イスラム過激派に関連する人物が犯人ではないかと言われている。2つ目の爆弾も仕掛けられており、1号線内の蜂起広場で発見後処理されている。この事件による死者は14名、負傷者はおよそ50名であった。

700年
【死去】道昭【僧侶】

遣唐使として入唐し、玄奘三蔵に師事した法相宗の僧侶帰国後の平城京へ遷都後に重用され、飛鳥寺に禅院を建てて日本法相教学の初伝となる。680年には天武天皇の勅命により往生院を建立する等、晩年まで土木事業に関わった。700年4月3日に死亡すると、本人の言い残しにより火葬されたが、これが日本初の火葬だと『続日本記』に記録が残っている。