『ジョゼフ・メリックのポートレートと、その頭蓋骨』

1890年4月11日は、19世紀末に活躍した見世物小屋文化のスター、“エレファント・マン”として知られるジョン・メリックが死亡した日である。
出生時はなんら異常のない赤子であったが、出生数カ月後で顔面や骨格に異常をきたしはじめ、頭部と右腕、両足が肥大したプロテウス症候群患者として成人したメリック。
転倒の怪我の影響で歩行も困難な状況という重度の障害と共にその生涯を過ごしたが、彼自身のパーソナリティは12歳で自ら葉巻の製造会社に就職するなど、ポジティブに人生を歩む青年であった。
しかし当時の医学的には何も解明されていないその病魔は彼の人生を幾度も塞ぎ、あっさりとまともな職を得られないという状況にまで彼を追い込んだ。
すると彼はフリークス(奇形者)を見世物として回る「見世物小屋」の存在を知り、自ら応募して人々の好奇の視線を浴びに出る。それが後世に永遠に名を残すであろう“半人半象”の“エレファントマン”が誕生した経緯である。
周囲はそのルックスと判然としない発音から彼を知的障害と誤解していたが、その実、メリックは、趣味の読書を通じてインテリジェンスを獲得している理知的な青年であり、自ら世界の見世物に名乗り出るほどの勇気を持った青年でもあったのだ。
そのことにより彼は世界的な知名度を獲得し、担当医のフレデリック・トレヴェスの助けも得て、世界中の篤志家から、結果的には27年というその短い人生を全うするに十分な寄付金を集めるに至ったのである。
そして、メリック青年のあまりにも有名な“悲劇と勇気の物語”は、彼の死後90年を経てデヴィッド・リンチの映画『エレファント・マン』として、人間が在る限り永久に語られ続けるであろう普遍性を獲得したのである。

(左写真はWikipedia Joseph Merrickより。Public Domain、右写真は『BBC』より)

4月11日の不幸

1890年
【死去】ジョゼフ・メリック(Joseph Carey Merrick)【奇形者・パフォーマー/イギリス】

『19世紀末に見世物小屋文化のスター"エレファント・マン"として知られる人物。出生時はなんら異常のない子であったが、出生数カ月後で顔面や骨格に異常をきたしはじめ、頭部と右腕、両足が肥大したプロテウス症候群患者として成人し、転倒の影響で歩行も困難な状況という重度の障害と共に生きた。フリークス(奇形者)を見世物として回る「見世物小屋」の存在を知り、自ら応募して"半人半象"の"エレファントマン"として活躍した。晩年は世界的な知名度を獲得し、担当医のフレデリック・トレヴェスの助けも得て、世界中の篤志家から、人生を全うするに十分な寄付金を集めた。1980年のデヴィッド・リンチ作『エレファント・マン』のモデルとしても後世に名を残した。頚椎の脱臼により27歳没。

1918年
【死去】アブラハム・ロビンソン(Abraham Robinson)【数学者/ドイツ】

戦中は空気力学と戦闘機の翼型の専門家として軍事活動、戦後はライプニッツを合理化した超準解析を編み出した。肝臓ガンのため死去。没年55歳。

1918年
【死去】オットー・ワーグナー(Otto Wagner)【建築家/オーストリア】

「芸術は必要にのみ従う」で知られる近代建築の鼻祖。機能性・合理性を重視する建築で知られる。心臓発作によって逝去、没年76歳。

1945年
【死去】フレデリック・ルガード(Frederick Lugard)【軍人・探検家/イギリス】

ナイジェリア総督等を歴任し、現地住民を使った間接統治を考案・実行。老衰のため逝去、没年87歳。

1955年
【航空事故】【テロ】「カシミールプリンセス号爆破事件 」

中華人民共和国政府がチャーターしたインド航空機「カシミールプリンセス号」が空中爆発。死者16人。

1965年
【災害】「パームサンデー竜巻」

アメリカ中西部で巨大竜巻が発生、猛威をふるった。271人死亡。

1977年
【死去】ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert)【詩人・脚本家/フランス】シャンソンのスタンダードナンバー『枯葉』の詞や映画『天井桟敷の人々』の脚本で世界的に知られる。肺がんのため逝去、77歳没。

シャンソンのスタンダードナンバー『枯葉』の詞や映画『天井桟敷の人々』の脚本で世界的に知られる。肺がんのため逝去、没年77歳。

1987年
【自殺】プリーモ・レーヴィ(Primo Levi)【化学者・作家/イタリア】

アウシュヴィッツ強制収容所からの生還し、収容所体験を記した『これが人間か』を出版。自宅アパートの階段から転落して死亡、没年68歳。

1994年
【大量虐殺】「ルワンダ虐殺」

ルワンダで起きた大量虐殺。1994年4月6日にルワンダ、ブルジンの両大統領が乗った飛行機が何者かにより撃墜されたことをきっかけに、ルワンダ内で民族紛争が勃発。約100日間に及んだこの虐殺の犠牲者は50万人とも100万人ともいわれ、ルワンダ民の全人口10パーセントから20パーセントが犠牲となった。

1996年
【殺人事件】「池袋駅構内大学生殺人事件」

JR池袋駅のホームにて立教大学の21歳学生が突然男に殴られて後頭部を強打、5日後に病院で死亡した。男は逃亡し、未だ未解決事件となっている。

2001年
【スポーツ】【サッカー】「オーストラリア代表 31-0 アメリカ領サモア代表」

2002FIFAワールドカップ・オセアニア予選のオーストラリア代表対アメリカ領サモア代表の試合で31−0の得点差でオーストリアが勝利。国際試合では最大特点差での勝利となり、世界記録となった。

2006年
【死去】富永直樹【彫刻家】

日本を代表する近代彫刻家として文化勲章を受章するかたわら、インダストリアル・デザイナーの草分けとしても活躍。虚血性心不全のため逝去、没年92歳。

2007年
【テロ】「アルジェリア爆破事件」

アルジェリアの首都でアルジェで首相府などを狙った連続爆弾テロ発生。死者24名、負傷者222名に及んだ。

2007年
【死去】カート・ヴォネガット(Kurt Vonnegut)【小説家/アメリカ合衆国】

第二次世界大戦に参戦、シニカルで独特な作風は日本でも熱狂的なファンを生み、村上春樹や太田光など日本でも多くの著名人に影響を与えた。脳挫傷によって死去、没年85歳。

2011年
【自然災害】「福島県浜通り地震」

2011年4月11日17時16分に起きた、福島県浜通りを震源とした地震。規模はM7.0、この地震により発生した土砂崩れにより4人が死亡。

2012年
【自然災害】「インドネシア・スマトラ島沖地震」

インドネシアのスマトラ沖で発生したM8.6の地震。震源はスマトラ島北端に位置する都市バンダ・アチェ南西部。同日M8.2の余震も発生、横ずれ断層型の地震としては大規模なものとなった。5人が死亡、4人の負傷者を出した。

2014年
【死去】佐野実【料理人】

私語厳禁のラーメン店「支那そばや」創業者。同店を行列店にし、「ラーメンの鬼」としてメディアでも活躍。多臓器不全のため逝去、没年63歳。

2015年
【死去】羽柴誠三秀吉【実業家】

青森県で羽柴企業グループ社主として多くの事業を手がけるかたわら「豊臣秀吉の生まれ変わり」として数々の選挙に立候補し続けた。肝硬変のため逝去、没年65歳。

2016年
【死去】岩崎富士男【作詞家】

博報堂のクリエイティブ・ディレクターや大阪芸術大放送学科教授・学科長を務める傍ら作詞活動も。心不全で死去、没年78歳。

800年
【災害】「延暦噴火」

西暦800年、富士山が噴火。