『「Truth」と銘打った記事を掲載した1989年4月19日の「サン」紙』

1989年4月15日は、“英国スポーツ史上最悪の観衆事故”と呼ばれる『ヒルズボロの悲劇』が発生した日である。
サッカーのFAカップ準決勝として行なわれたリヴァプールFC対ノッティンガム・フォレスト戦で、96人の観客が圧死し、700人以上もの観客が重軽傷を負った群集事故として知られ、その犠牲者の中には、つい先日までリヴァプールFCの象徴として活躍したイギリス代表選手、“キャプテン・ファンタスティック”ことスティーブン・ジェラードの従姉妹も含まれていた。
そしてこの『サン』紙の記事「Truth」(ケルヴィン・マッケンジー署名)が報道したように、この惨劇の原因は「暴徒化したリヴァプールサポーターたち」にあるとされ、“フーリガン”を象徴する問題とメディアにより拡散されてきた。
しかし、翌年に警備側の誘導の不手際であることが判明、さらに事件から23年後の2012年9月12日にヒルズボロ独立調査委員会が発表した報告書において警察による意図的な報道の誘導があったと判明。その後の公判を経て2016年4月26日に警備責任者の過失が認められ、改めて、96人の犠牲者たちが不当に事故死したという判決が下された。
ちなみに、当時20万部以上を売り上げていた『サン』紙は、その後のリヴァプールサポーターたちの長期にわたる不買運動で1万部程度に事業縮小を余儀なくされている。
無念の死を遂げた96人のサポーターの生命が戻ることはなかったが、その《尊厳》、クラブを愛した《魂》は、仲間たちによって無事取り戻されたのである。

(写真は英『サン』紙1989年4月19日版)

4月15日の不幸

1473年
【死去】山名宗全【武将・守護大名】

応仁の乱の西軍総大将。没年70歳。死の前年には切腹未遂も。

1641年
【怪死】ドメニキーノ(Domenichino)【画家/イタリア】

バロックの画家。代表作に『ヴェローナの聖ピエトロの受難』『聖セバスティアヌスの受難』等。59歳没。毒殺の噂も。

1764年
【死去】ポンパドゥール夫人(Madame de Pompadour)【フランス国王ルイ15世の公妾/フランス】女性の髪型のポンパドールのモデルになった。42歳没。
1855年
【死去】遠山景元【江戸町奉行・大目付】

『遠山の金さん』のモデルになった江戸時代の旗本。巧みな裁判を行なっていたと名奉行だと評判で、実際に刺青があったといわれているが、桜吹雪だったのか、桜の花びら1枚だったのか諸説有り。没年63歳。

1865年
【暗殺】アブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)【政治家・軍人/アメリカ合衆国】

南北戦争を経て奴隷解放宣言を出した第16代アメリカ合衆国大統領。1861年3月4日に大統領に就任して以来、わずか4年後の1865年4月14日、ワシントンのフォード劇場で『Our American Cousin(われらのアメリカのいとこ)』を妻とともに観劇中に、政府転覆を目論んだ俳優のジョン・ブースにより射撃を受け、翌15日に死亡した。没年56歳。

1889年
【死去】ダミアン神父【カトリック教会司祭/ベルギー】

当時ハンセン病の隔離地であったハワイ・モロカイ島で誰もしようとしなかったハンセン病患者の世話をし、自らもハンセン病で死去。没年49歳。

1912年
【海難事故】「タイタニック号沈没」

イギリスの豪華客船タイタニック号が処女航海中の4月14日にニューファントランド島沖で氷山に激突。翌15日未明にかけて沈没した。死者1,513人。船長のエドワード・スミスの遺体は発見されておらず、目撃談を伴った生存説も囁かれている。

1927年
【死去】ガストン・ルルー(Gaston Leroux)【小説家/フランス】

法廷記者として活躍後、推理小説を発表。代表作『黄色い部屋の秘密』『オペラ座の怪人』は今も世界中で読まれている。58歳没。

1980年
【死去】ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre)【哲学者・小説家/フランス】

実存主義の旗手。主な著書に『存在と無』等。1973年に日刊紙『リベラシオン』創刊に参加。1964年にはノーベル文学賞に選ばれるも「いかなる人間でも生きながら神格化されるには値しない」と辞退。肺水腫で74歳没。

1983年
【死去】コーリー・テン・ブーム(Corrie ten Boom)【作家/オランダ】

ホロコースト生還者としての体験を『わたしの隠れ場』として発表した人物。91歳没。

1988年
【エイズ死】ユーリ・エゴロフ(Youri Aleksandrovich Egorov)【ピアニスト/ソ連・オランダ】

ソ連出身でオランダに亡命したピアニスト。鮮烈なアメリカ・デビューを果たすなど、ヨーロッパを中心に世界的な活躍を続けた。生前、ゲイであることをカミングアウトし、エイズによる合併症で33歳没。

1989年
【群衆事故】【スポーツ事故】「ヒルズボロの悲劇」

1989年4月15日に行なわれたFAカップ準決勝のリヴァプールFC対ノッティンガムフォレスト戦で起きた、イングランドサッカー史上最悪の事故。スタンディング・テラスという立ち見席に大量の観衆が押し寄せたために圧死するものが続出。試合開催中に大勢の観客が死んでゆくというおぞましい事故となった。この事故により96名の死亡者と766人の重軽傷者が発生。死亡者の中には後のリヴァプールFCのキャプテン、スティーブン・ジェラードの従兄弟も含まれていた。原因は警官隊による誘導の失敗にあったとされている。

1989年
【死去】胡耀邦(Hu Yaobang)【政治家/中華人民共和国】

初代中国共産党中央委員会総書記、第3代中国共産党中央委員会主席、中国共産党中央書記処総書記等の要職を歴任した人物。心筋梗塞で73歳没。その死は「六四天安門事件」の原因となったとされている。

1994年
【エイズ死】ジョン・カリー(John Curry)【フィギュアスケート選手/イギリス】

インスブルックオリンピック(1976年)男子フィギュアスケートで優勝。1991年に発症したエイズによる心臓発作で44歳没。発症後にはゲイであることもカミングアウトしていた。

1997年
【死去】西村晃【俳優】

東野英治郎の後を継ぎの後を継ぎ、ドラマ『水戸黄門』の2代目の水戸光圀として長年活躍した。食道ガンで74歳没。

1998年
【怪死】ポル・ポト(Pol Pot)【政治家・軍人/カンボジア】

カンボジア共産党中央委員会書記長を務め、クメール・ルージュ指導者としてカンボジアを長らく治めた独裁者。政権奪取後は反対勢力を容赦なく虐殺したことで知られ、その被害者は80万人にも上るといわれている。心臓発作で72歳没。爪が変色していたということから毒殺もしくは服毒自殺の可能性があるとみられている。

2000年
【死去】エドワード・ゴーリー(Edward Gorey)【絵本作家/アメリカ合衆国】

絵本作家でありながら残酷で暗い作風とモノクロの絵で構成された「大人の読む絵本」を発表。世界的にみても奇異な絵本作家である。代表作に『ギャシュリークラムのちびっ子たち―または遠出のあとで』『おぞましい二人』等がある。心臓発作で死去、没年75歳。

2001年
【死去】ジョーイ・ラモーン(Joey Ramone)【ミュージシャン/アメリカ合衆国】

世界的なパンクロック・バンド「ラモーンズ」のボーカル。長年の闘病の末、リンパ腺癌で死去。没年49歳。

2004年
【事故死】横山光輝【漫画家】

代表作に『鉄人28号』『伊賀の影丸』『仮面の忍者 赤影』『魔法使いサリー』『コメットさん』『バビル2世』『三国志』という、手塚治虫に並ぶ日本漫画界の巨人。死因は寝タバコによる火災での全身火傷。没年69歳。

2005年
【競技中事故死】田中聖二【プロボクサー】

第29代日本スーパーフライ級王者。2005年4月3日に行なわれた日本王座初防衛戦の名城信男戦で10回TKOで敗れ、王座を失った。その試合後の控え室で頭痛を発症し意識不明に。急性硬膜下血腫で7日に開頭手術となったが、そのまま15日に死去。没年28歳。

2012年
【死去】三重野康【銀行家】

バブル期とその崩壊の時期に第26代日本銀行総裁を務めた人物。横綱審議委員会の一員も務める。心不全により88歳没。

2015年
【死去】愛川欽也【俳優・声優・司会者】

劇団「俳優座」出身の俳優であったが、往年はテレビ番組の司会者として「おまっとさんでした」の名台詞で国民的人気を博した。代表的な番組は『なるほど!ザ・ワールド』『出没!アド街ック天国』等。妻・うつみ宮土里とのおしどり夫婦ぶりも有名だったが、2015年4月15日に肺ガンで死去した後に、愛川の劇団所属の女優、任漢香が10年来の愛人としてメディアに名乗り出て、葬儀に出席できなかったことを告発した。没年80歳。

2016年
【災害】熊本県で震度7前後の群発地震が発生。
628年
【死去】推古天皇【日本の第33代天皇】日本初の女帝。容姿端麗だったといわれる。没年75歳。