左『ダーウィンのポートレート(写真左)と進化の過程を予想した1938年のノートのスケッチ「生命の木」』

1882年4月19日は、『種の起源』を発表し現代の生物学の基盤を築いたイギリスの地質学者・生物学者、チャールズ・ダーウィンが死亡した日である。
主に地質学者として知られていたダーウィンが、動物は厳しい自然環境により突然変異を引き起こすという“自然選択説”に基づく『種の起源』を1859年発表した時、世界は“人間の祖先がサルである(かもしれない)”という論に衝撃を受け、そして、あらゆる批判の目が彼に向けられた。それは生物学の分野の権威たちも同様で、その中にはあの『昆虫記』で知られるファーブルも含まれていた。中でも、当時の生物学の権威であったリチャード・オーウェンとの確執は凄まじいもので、『種の起源』発表前は親しい友人としての交流を持ちながら、最終的には政府からの研究費を妨害工作されたダーウィンが「人生最後の日まで憎しみと軽蔑の感情を持ち続ける」と公式に発言するほどまでの関係であった。そこまで激しい感情的やりとりの果てに、我々の起源は19世紀末に解明されていったのである。

(写真はともにWikipedia Charles Darwinより。左写真はマーガレット・キャメロンにより1868年撮影。ともにPublic Domain)

4月19日の不幸

1578年
【死去】上杉謙信【戦国武将】戦神と呼ばれるほどの戦上手として恐れられた越後の名将。武田信玄との川中島の戦いを始め、多くの戦で引き分け以上の戦果を残した。生涯妻を娶らなかったために、今も半陰陽、もしくは女性だったなど様々な憶測を呼ぶ。子供は全て養子。死因も諸説有り、脳血管障害で死去と言われているが、刺殺されたとされる説から毒殺説までがある。没年48歳。
1882年
【死去】チャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin)【地質学者・生物学/イギリス】1859年に発表した『種の起源』で全世界を騒然とさせた進化論の提唱者。心不全で73歳没。
1889年
【死去】ダフネ・デュ・モーリア(Dame Daphne du Maurier)【小説家・イギリス】代表作『レベッカ』『鳥』。後にヒッチコックにより映画化された。夫との間に2人の娘と息子がいたが、死後バイセクシャルであったという噂が流れた。没年81歳。
1983年
【死去】中原淳一【挿絵画家・デザイナー・編集者】美少女絵で人気を博したイラストレーター。雑誌『それいゆ』『ひまわり』を創刊、日本女性のためのスタイルを追求した。没年70歳。
1999年
【自殺】二代目桂枝雀【落語家】3代目桂米朝門下に入門し、10代目桂小米に。結婚後の30代で鬱病に悩むも、その後回復し1973年に2代目桂枝雀を襲名。上方落語会の一大看板として、その人気は「東の志ん朝、西の枝雀」と呼ばれるほどだった。しかし晩年鬱病が再発し、1999年3月13日に首吊り自殺。そのまま意識が回復することはなく4月19日に心不全で死亡。没年59歳。
2006年
【事故死】アルバート・スコット・クロスフィールド(Albert Scott Crossfield)【軍人/アメリカ】アメリカ空軍のパイロット。1959年にX-15に乗り込み、テスト飛行でマッハ2.53を記録。人類初のマッハ2で飛行した人物。80歳を超えても現役のパイロットだったが、2006年4月19日にセスナを操縦中に雷雨で墜落事故。没年84歳。
2015年
【急死】西本裕行【俳優・声優】代表作はアニメ『ムーミン』のスナフキン役。急性大動脈乖離で88歳没。