『プリンスのアルバム「Come」のジャケット』

2016年4月21日は、世界的ミュージシャンのプリンスが自宅兼用のペイズリー・パーク・スタジオで死亡していた日である。
1978年のデビュー以来、人種や性別を超越した過剰にセクシュアルな世界観を持ったアーティストとして知られ、卑猥ともとれる歌詞の内容や衣装の露骨さで社会的に物議を醸すことも多かったプリンスであるが、『Purple Rain』をはじめとした数多くのヒット曲で世界的な人気を獲得した。そして、その独特な世界観はそのアーティスト名にまで表われ、1994年に発表された『Come』(“性的に絶頂へ達する”という意味で知られる英単語)に於いて、アーティスト・プリンスの死をうたい、墓場で撮影されたジャケットのクレジットには「Prince 1958-1993」と表記されている。その後は自らが考案したマーク“Love Symbol”なる音読不能なマークによる名義で音楽活動を続け、その間は「the Artist Formerly Known As Prince」「the Artist」等という名称で呼ばれるという不可思議な活動を他者にも強い、2000年にはワーナーブラザーズ(関連会社)との出版権が切れるタイミングで、何事もなかったように再びプリンス名義に戻している。一説にはその契約上や制作上のトラブルに端を発しているというこの改名問題であるが、プリンスがこの世にも奇妙なキャリアを歩んだことだけは事実である。
プリンス名義に戻ってからは死亡する前年まで精力的に活動したが、2016年4月21日に、スタジオ内のエレベーターで死亡しているところを発見された。死因は鎮痛剤フェンタニルの過剰摂取であった。その型破りな57年間の人生で、“二度目の死”は、オーバードースというプリンスらしからぬ、典型的なロック・スターの死であったといえるのかも知れない。

(画像はプリンス作『Come』(1994年/ワーナーブラザーズ発売))

4月21日の不幸

1591年
【処刑】【自殺】千利休【商人・茶人】堺の商人から身を起こし、わび茶を完成させただけにとどまらず、多くの大名を弟子に持ち、天下人といわれた豊臣秀吉に匹敵するほどの国政への影響力を持つまでに至ったといわれる茶道界の巨人。1591年4月21日に秀吉から切腹を命じられたが、その原因は定かではない。切腹の際には弟子の大名たちの反乱を恐れて多く兵士たちで周りを囲ませたという。没年70歳。
1612年
【処刑】岡本大八【武将】安土桃山時代の武将。本多正純の家臣として、有馬晴信のポルトガル船マードレ・デ・デウス号攻撃を監督。徳川家康に恩賞を斡旋すると偽り有馬から多額の賄賂をかすめ取った詐欺事件「岡本大八事件」の結果、市中引き回しの上、火あぶりの刑に。
1650年
【急死】柳生十兵衛(三厳)【剣豪・旗本】徳川家光に使えた江戸時代の剣豪、兵法家。著書に『月之抄』等。鷹狩りの際に急死。没年43歳。
1701年
【処刑】【自殺】浅野内匠頭(長矩)【播磨赤穂藩主】「忠臣蔵」「赤穂事件」で知られる第三代赤穂藩主。吉良上野介(義央)に斬りかかったことを咎められて、即日死刑の処断が下った。吉良がしてきた度重なる嫌がらせへの恨みからと言われている。没年33歳。
1910年
【死去】マーク・トウェイン(Mark Twain)【小説家/アメリカ】『トム・ソーヤーの冒険』『ハックルベリー・フィン』で知られるアメリカ文学界の巨人。生年である1835年はハレー彗星が観測された年であるが、そのことから「ハレー彗星と共に去るだろう」と発言していたと言われるが、実際に心臓麻痺で死亡したのが74年ぶりにハレー彗星が観測された1910年4月21日だった。没年74歳。
2006年
【死去】テレ・サンタナ(Telê Santana da Silva)【サッカー選手・指導者/ブラジル】1982年開催のスペイン・ワールドカップ本大会で監督としてブラジル代表を率い、ジーコ、ファルカン、ソクラテス、トニーニョ・セレーゾからなる"黄金のカルテット"を中心にした超攻撃サッカーで、ブラジル国民ならず世界中のサッカーファンを魅了した名監督(結果は2次リーグ敗退)。その後もブラジル代表監督、サンパウロFC他国内外の様々なクラブチームの監督として活躍したブラジルきっての名将。現役時代も右ウイングとしてブ
2010年
【死去】フアン・アントニオ・サマランチ(Juan Antonio Samaranch Torelló/スペイン)【IOC第7代会長】スポーツジャーナリスト出身。自身の出身地であるバルセロナ・オリンピックではアメリカのバスケットボール・チーム、通称"ドリーム・チーム"を実現するなどして、オリンピックの商業化、プロ選手参加に大きく寄与したIOCの第7代会長。心臓疾患で死去。没年89歳。
2011年
【死去】田中好子【女優・歌手】「スクールメイツ」のメンバーとして芸能活動をスタートし、1972年に伊藤蘭と藤村美樹と国民的アイドルグループとなった「キャンディーズ」を結成。愛称はスー。代表曲に『年下の男の子』『春一番』等。ヒット連発の人気絶頂の中、突然の解散。その後は女優として幅広い活動を展開。しかし1992年に乳ガンを患い、手術の末に一時は健康を取り戻したかのようにみえていたが、以降19年間、再発との闘病を続けていたという。没年55歳。
2012年
【怪死】馬場育三(IKÜZÖNE)【ギタリスト・ベーシスト】バンド「Dragon Ash」のメンバーとして活躍。不慮の死を遂げたミュージシャン、hideの刺青を入れるなど崇拝していたことでも知られる。急性心不全で突然死。没年46歳。
2016年
【薬物過剰摂取】プリンス(Prince)【ミュージシャン/アメリカ合衆国】

本名Prince Rogers Nelson。ジャズ・ピアニストの実父、ジョン・L・ネルソンの芸名プリンス・ロジャーにちなみ名付けられた。1978年のデビュー以来、人種や性別を超越した過剰にセクシュアルな世界観を持ったアーティストとして知られ、卑猥ともとれる歌詞の内容や衣装の露骨さで社会的に物議を醸すことも多かったプリンスであるが、『Purple Rain』をはじめとした数多くのヒット曲で世界的な人気を獲得した。1994年にアーティスト・プリンスの死をうたい、その後は自らが考案したマーク"Love Symbol"なる音読不能なマークによる名義で音楽活動を続け、その間は「the Artist Formerly Known As Prince」「the Artist」等という名称で活動。2000年に再びプリンス名義に戻し死亡する前年まで精力的に活動したが、2016年4月21日に、スタジオ内のエレベーターで死亡しているところを発見された。死因は鎮痛剤フェンタニルの過剰摂取。没年57歳。死後の2016年6月にミネソタ州知事・マーク・デイトンが、誕生日である6月7日を「プリンス・デー」と定めた。