『アメリカ空軍の新聞「Stars and Stripes」紙5月2日版』

1945年4月30日は、国家社会主義ドイツ労働者党指導者としてナチス・ドイツ帝国をヨーロッパに拡大した独裁者、アドルフ・ヒトラーが自殺した日である。
史上最大規模のユダヤ人迫害政策“ホロコースト”により、数百万人を虐殺したナチス・ドイツの総帥であり、最大規模のアウシュビッツ強制収容所だけでも400万人ものユダヤ人を虐殺する指令を出した張本人である。
第二次大戦時ではヨーロッパの“絶対的権力者”として君臨したヒトラーだが、戦局の悪化と共に党内部での権力を失い、1945年4月29日に死の準備に入る。
口述で遺書を残し(「ドイツ国民は私の運動に値しない」等)、後任を指名したあと、長年伏せてきた恋人のエヴァ・ブラウンと結婚式を挙げ、愛犬を毒殺し、新妻と二人で心中を遂げたのだった。
その遺体は大量のガソリンで焼き払われたために判別不能であったという。
多くの人々に突然の《不条理な死》を押しつけた世界史上空前の暴君は、その最後の2日間で、自らの死を完璧にデザインし、この世を去った。

(写真はWikipedia Adolf Hitler より。Public Domain)

4月30日の不幸

1481年
【死去】一条兼良【公卿・学者・歌人】

左大臣、関白太政大臣も務めた政治家としても知られるが、未曾有の知識を有した古典学者としても有名。『日本書紀』の解釈書として『日本書紀纂疏』、『源氏物語』の解釈書として『花鳥余情』を記した。80歳没。

1827年
【死去】高田屋嘉兵衛【廻船業者】

北方への航路を開拓し巨万の富を築いた廻船業者。ロシアの測量士ゴローニンの捕虜事件「ゴローニン事件」を穏便に解決したことで知られる。背中にできた腫れ物が悪化し59歳で死去。

1865年
【自殺】ロバート・フィッツロイ(Robert FitzRoy)【軍人/イギリス】

イギリス海軍の軍人。ダーウィンの参加したビーグル号航海の艦長。ニュージーランド総督も務めた。晩年は鬱病に悩み、叔父と同様にカミソリで喉を切断し自殺。没年59歳。

1875年
【急死】【奇妙な死】ジャン=フレデリック・ワルデック(Jean-Frédéric Maximilien de Waldeck)【古物研究家・地図学者・探検家/フランス】

16世紀に作られ、セックスの体位が露骨に描かれているたポルノ的書物『イ・モーディ』を再出版したことで知られる。また、古代マヤ文明の研究でも知られる。109歳まで生きたが、シャンゼリゼ通りで美しい女性を見た瞬間に心臓発作で死んだといわれる。

1883年
【死去】エドゥアール・マネ(Édouard Manet)【画家/フランス】

印象派の巨人。代表作に『オランピア』『笛を吹く少年』等。1883年に壊疽で左足を切断、その11日後に死去した。没年51歳。

1927年
【死去】清水金太郎【声楽家・歌手】

日本オペラ開祖の一人といわれるバリトン歌手。孫にミュージシャンの元聖飢魔IIエース清水(現・ACE)がいる。43歳没。

1945年
【自殺】エヴァ・ブラウン(Eva Anna Paula Braun)【ヒトラー夫人/ドイツ】

ヒトラーの専属カメラマンの助手を務めていたところヒトラーに見そめられ恋人に。ヒトラーが独身であることが人気に繋がると考えていたために、その生活のほとんどを保養地オーバーザルツベルグの山荘で過ごし、表舞台には出ることがなかった。その間、嫉妬やストレスで2度の自殺を図った。敗色濃厚な1945年4月29日にヒトラーと結婚。翌日地下壕で心中を遂げた。彼女は青酸カリの服毒自殺。没年33歳。

1945年
【自殺】アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)【政治家・軍人/ドイツ】

ナチス・ドイツの総統、ドイツ国の首相などを歴任した人物。第二次大戦でナチス・ドイツの独裁者として君臨し、ホロコーストと呼ばれるユダヤ人の大量虐殺等、近代世界史上でも類をみない悪名をとどろかせた。第二次大戦後半は戦局の悪化と共に内部での権力を失い、新妻と二人で心中を遂げた。自らは青酸カリと拳銃自殺。その遺体は大量のガソリンで焼き払われた。没年56歳。

1956年
【奇妙な死】宇垣一成【軍人・政治家】

陸軍大将、朝鮮総督、外務大臣を務めた人物。参議院議員時代の1956年、打ち合わせ中に火鉢で一酸化中毒死。没年87歳。

1959年
【死去】永井荷風【小説家】

アメリカ、フランスへの外遊後に発表した『あめりか物語』、続く『ふらんす物語』で人気作家としての地位を確乎にした小説家。晩年の『断腸亭日乗』『濹東綺譚』で自身の偏奇趣味を作品としてまとめた(自身の邸宅を「偏奇館」と呼んでいたことでも知られる)。胃潰瘍と心臓麻痺で死亡。没年79歳。

1973年
【死去】大佛次郎【小説家】

ノンフィクションから歴史物、童話まで幅広く発表した稀代の小説家。代表作に『鞍馬天狗』『赤穂浪士』『天皇の世紀』等。75歳で肝臓ガンのため死去。

1983年
【死去】 マディ・ウォーターズ(Muddy Waters)【歌手・ミュージシャン/アメリカ合衆国】

"シカゴ・ブルースの父"と呼ばれ、6度のグラミー受賞を誇るブルースミュージシャン、ギタリスト。代表曲に『Mannish Boy』『Hoochie Coochie Man』、世界的バンド「ローリング・ストーンズ」のバンド名の元になった『Rollin' Stone』等多数。イリノイ州の自宅にて心不全で死亡。没年70歳。

1989年
【死去】殿山泰司【俳優・エッセイスト】

300本以上の映画に出た名脇役。代表作に『裸の島』『愛のコリーダ』等。『三文役者の無責任放言録』他著書多数を残した文筆家でもあった。肝臓ガンで死去。没年73歳。

1989年
【死去】セルジオ・レオーネ(Sergio Leone)【映画監督/イタリア】

1960年代に『マカロニ・ウェスタン』ブームの立役者となった映画監督。代表作に『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』等。音楽家・エンニオ・モリコーネとの共作でも知られる。心臓発作で60歳没。

1992年
【死去】大杉勝男【プロ野球選手・解説者】

東映フライヤーズ、ヤクルトスワローズ、日本ハムファイターズで活躍し、2度の本塁打王、打点王を獲得した左の強打者。1978年には日本シリーズのMVPも獲得。ヤクルト時代の打撃コーチ飯島滋弥に「月に向かって打て」といわれたことでも知られる。通算成績は2,228安打、486本塁打(歴代9位)、1,507打点(歴代9位)。肝臓ガンで47歳没。名球会初の死亡者でもある。没後の1997年野球殿堂入り。

1994年
【競技中事故死】ローランド・ラッツェンバーガー(Roland Ratzenberger)【レーシングドライバー/オーストリア】

イギリスF3000、全日本F3000などで活躍後、1994年にシムテック・フォードと5戦の限定契約を結びF1デビュー。第3戦のサンマリノグランプリの予選2日目に、フロントウィングの故障で310キロのスピードのままコンクリートの壁に激突。即死だった。33歳没。

1995年
【絶滅】「日本産トキ絶滅」

最後に捕獲された5羽のうち唯一のオスだったミドリが死去。国内での交配に失敗し、北京動物園での交配にも失敗、帰国後の交配も失敗し、1995年死亡。現在は人工繁殖からの野生化が進められている。

1999年
【死去】 根本陸夫【プロ野球選手・監督】

近鉄パールスのキャッチャーとして現役生活を終えた後に、日本プロ野球きってのフィクサーとして名を馳せた"球界の寝業師"。広島、西武、福岡ダイエーホークスで監督として基盤を築いた。1999年1月に福岡ダイエーホークスの球団社長に就任するもわずか3か月後の4月30日に急性心筋梗塞で死去。没年72歳。死後の2001年に野球殿堂入り。

2008年
【死去】リンリン【ジャイアントパンダ】

上野動物園で飼育され人気を博していたオスのジャイアントパンダ。日本が所有権を持っていた最後の一頭だった。22歳没。

2012年
【急死】【夭折】アレクサンダー・ダーレ・オーエン(Alexander Dale Oen)【競泳選手/ノルウェー】

2008年の北京オリンピック100m平泳ぎで2位に入り、ノルウェー人として初めて競泳競技でのメダルを獲得。2011年には世界水泳選手権同種目で金メダルを獲得、これもノルウェー人初の偉業だった。2012年のアメリカ合宿中にホテルの浴室で急死。26歳没。死因は心臓麻痺。司法解剖の結果、遺伝性のアテローム性冠動脈疾患があ判明した。

2014年
【死去】 渡辺淳一【小説家】

『失楽園』『愛の流刑地』等映像化されたヒット作で知られる昭和期の小説家。前立腺ガンで80歳没。

2015年
【死去】ベン・E・キング(Benjamin Earl King)【歌手/アメリカ合衆国】

『Dance with Me』『Save the Last Dance for Me(ラストダンスは私に)』『This Magic Moment』等のヒット曲で知られる黒人ドゥーワップグループ「The Drifters(ドリフターズ)」のリードシンガーとして活躍後、ソロシンガーに転向。同名映画の主題歌となった『Stand by me』が世界的大ヒット曲に。循環器系の疾患で76歳没。

2016年
【殺人事件】コリーヌ・レイ=ベレット(Corinne Rey-Bellet)【アルペンスキー選手/スイス】

地元サンモリッツ開催の2003年アルペンスキー世界選手権滑降で銀メダルを獲得した女性アルペンスキーヤー。引退後の2003年4月30日に両親の家で別居中の夫に射殺された。没年33歳。しかも彼女は妊娠中だった。5月3日にコリーヌを殺害した銃を使用して夫が自殺。

65年
【処刑】【自殺】ルカヌス(Lucan)【詩人/ローマ帝国】

皇帝ネロの親友であったが、後に確執が起こり、やがて肯定に否定的な作品を代表作『ファルサリア』の10巻で出版。その後ネロ暗殺の謀議に加わったが事前に露呈、逮捕された。静脈切開による自殺を強いられ死亡した。没年25歳。