『モルンビー墓地にあるアイルトン・セナの墓碑』

1994年5月1日は、F1世界選手権において3度のワールドチャンピオンを獲得した、F1史上最高の呼び声も高い不世出の天才ドライバー、アイルトン・セナがレース中の事故により死亡した日である。
サッカー大国の母国ブラジルにあって、今もなお最大級のスポーツヒーローといわれている国民的英雄は、1994年4月29日から予選が行なわれたF1第3戦サンマリノグランプリでは、予選初日に同じブラジル人のルーベンス・バリチェロが大クラッシュ。2日目のテスト走行ではローランド・ラッツェンバーガー事故死するという悲劇が連続して起きていた。
そして本戦、3戦連続のポールポジションからスタートしたセナは、首位走行中に、タンブレロコーナーでコースアウト、200キロの速度でコンクリートの壁に激突死した。
怖いもの知らずとライバルを恐れさせた“音速の貴公子”ですら、予選レースでの相次ぐ事故に、恋人への電話で「走りたくない」と言っていたとされ、その事実は、F1というモータースポーツがそこまで極限の状態で行なわれていることの証明であろう。そしてセナ自身の嫌な予感通りに、そのレースをもって、彼は二度と帰らぬ人となった。
サンパウロ市にあるモルンビー墓地にあるセナの墓碑銘には「なにものも、キリストの愛から私を引き離すことはできない」(『新約聖書』ローマ信徒への手紙8章39節)と刻まれている。
誰よりも速いといわれた人間離れしたレーシングスタイルを売りにしたアイルトン・セナが敬虔なクリスチャンであることは、その危険すぎる人生に於いては当然の選択であったといえるのかもしれない。

(写真はWikipedia Ayrton Senna より)

5月1日の不幸

1945年
【自殺】【一家心中】ヨーゼフ・ゲッベルス(Paul Joseph Goebbels)【政治家・軍人/ドイツ】

"プロパガンダの天才"と呼ばれたナチス・ドイツの宣伝大臣。自殺を決意したヒトラーからの遺言で後任に指名されるも、その翌日に「初めてヒトラーの名に背き」自殺。6人の子供をモルヒネとを青酸カリで死なせた後に、銃で妻と自らを撃ち心中した。47歳没。

1960年
【政治事件】「U-2撃墜事件」

アメリカの偵察機「ロッキードU-2」がソビエト連邦の地対空ミサイルに撃墜された事件。この事件により、アメリカの偵察事実が発覚。冷戦が激化していた当時、アメリカがソビエト連邦領内の弾道ミサイルの配備などを探っていたことによる。

1963年
【航空事故】「日東航空つばめ号墜落事故」

1963年5月1日、大阪発徳島行きの日東航空つばめ号が淡路島の諭鶴羽山に墜落した航空事故。原因は濃霧によるものと見られ、機体は山の中腹である標高約300メートル地点に墜落、大破炎上した。乗客9名全員が死亡するも、運航乗務員2名は脱出し救助された。

1976年
【事故死】【怪死】アレクサンドロス・パナグリス(Alexandros Panagoulis)【政治家・詩人/ギリシャ】

活動家としてギリシャの軍事政権(1967年から1974年に存在)に抵抗した中心的な人物。1968年8月に軍事政権の指導者ゲオルギオス・パパドプロスの暗殺を企てるも未遂に終わり逮捕。同年11月に起訴・死刑判決を受ける。しかし、国際社会からの反対から処刑は実行されず、軍刑務所へ移送されることとなった。移送後は毎日のように拷問を受け、脱走を幾度も試みるも再び収監されるという生活を繰り返した。1973年に釈放され、イタリアに亡命。翌年、民政となったギリシャに帰国し国会議員に当選。国会議員として独裁政権に関係した政治家への追及を行なっている最中、不可解な自動車事故により死去。没年36歳。

1978年
【死去】アラム・ハチャトゥリアン (Aram Il'ich Khachaturian)【作曲家・指揮者/ソビエト連邦】

20世紀に活躍したソビエトの作曲家。プロコフィエフ、ショスタコーヴィチとともに"ソヴィエト3巨匠の一人"と称される人物。当時の社会主義リアリズムの風潮に即しながらも、民族的な要素を取りいれた独自の作風は人気を博した。代表曲には『仮面舞踏会』バレエ『ガイーヌ』から『剣の舞』などがある。1978年5月1日、老衰により死去。没年74歳。

1992年
【死去】小池重明【アマチュア棋士・真剣師】

「新宿の殺し屋」「プロ殺し」と異名をとったアマチュア棋士。また、賭け将棋を行なう真剣師としても知られた。少年期から将棋を覚え、1969年にプロ棋士を目指し愛知県名古屋市から上京。しかし、キャバレー通いや弟子入りした将棋道場の資金を着服するなど素行が悪化。将棋道場から破門、プロを断念した後は、徐々に賭け将棋の世界へ。その強さから真剣師として不動の地位を築いたが、生活は荒んでいき、見かねた知人からアマチュア将棋の大会を進められる。大会では見事優勝、以後アマチュア棋士として活躍するも、素行の問題からプロ棋士になれることはなかった。晩年は肝硬変を患い、1992年5月1日に死去。没年44歳。その破滅的な生涯は団鬼六の小説『真剣師小池重明』をはじめ、小池を題材とした多くの作品が残されることとなった。

1993年
【自殺】ピエール・ベレゴヴォワ(Pierre Bérégovoy)【政治家/フランス】

1992年から1993年の間、フランスの首相を勤めた人物。フランス社会党に所属。第二次世界大戦中に政治への関心を持ち、戦後は労働組合運動に参加。旧フランス社会党に入党し、1967年にピエール・マンデス=フランスの顧問を務める。1969年にフランス社会党に参加、党の第一書記であったフランソワ・ミッテランに協力し、ミッテラン社会党を支援。1981年にミッテランが大統領に就任、自身は大統領府事務局長に就任した。その後、下院国民議会議員、ヌヴェール市長に当選、 1982年に社会問題相として入閣。1988年に蔵相に就任。1992年に首相に就任し、フランスの経済問題に取り組むも失業率は300万人に達する事態となった。1993年3月、社会党は議席が激減、党のスキャンダルも連発し、ベレゴヴォワ自身も言及されることとなった。同年5月1日、ヌヴェール市内で拳銃自殺、搬送先の病院で死亡が確認された。没年67歳。

1994年
【事故死】アイルトン・セナ(Ayrton Senna da Silva)【レーシングドライバー/ブラジル】F1世界選手権において3度のワールドチャンピオンを獲得した(1988年・1990年・1991年)、F1史上最高ともいわれている不世出の天才ドライバー。1994年F1第3戦3戦連続のポールポジションからスタートしたセナは、首位走行中に、タンブレロコーナーでコースアウト、200キロの速度でコンクリートの壁に激突死した。死因はステアリングシャフトの頭部貫通。没年34歳。
1999年
【山岳事件】「ジョージ・マロリーの遺体発見」

1924年に第3次イギリス遠征隊としてエベレスト登頂に参加し頂上付近で行方不明となっていたイギリスの登山家ジョージ・マロリーの遺体が75年後の1999年5月1日、国際探索隊によりにエベレストで発見された。マロリーの「なぜ、あなたはエベレストに登りたいのか?」の問に「そこにエベレストがあるから」と答えたという逸話が知られている。

2000年
【殺人事件】「豊川市主婦殺人事件」

愛知県豊川市で起こった夫婦殺傷事件。当時17歳であった少年が「人を殺してみたかった」ことを動機に、見知らぬ家に侵入し主婦を殺害。殺害方法は金づちで殴る、刃渡り20cmの草刈鎌で顔や首など約40ヶ所をメッタ刺しするというものであった。また、帰宅した夫と揉み合いになり、首を切りつけ逃走。2日に少年は自ら警察に出頭した。この犯行は少年が心神耗弱状態であったと認定されたため、2000年12月に医療少年院送付の保護処分が決定した。

2005年
【政治事件】「北朝鮮ミサイル発射事件」

北朝鮮が2005年5月1日、日本海に向けて新型の短距離弾道ミサイル(SRBM)を発射した。