テレサ・テン来日2作目のシングル・レコード『空港』のジャケット。
中国本土生まれ、幼少時に台湾に移住し天才少女として注目を浴びる。14歳でデビューし、台湾、中国のみならずシンガポールやタイ、マレーシアなどでもヒットを飛ばし、瞬く間にアジア全土の歌姫に。1974年に21歳で来日し、2枚目のシングル曲『空港』から演歌路線で人気を博していたが1979年に旅券法違反で国外退去処分に。その後1984年に再来日、作詞・荒木とよひさ、作曲・三木たかしの代表曲『つぐない』で本格的な大ヒット路線に(以降の代表曲も荒木・三木によるものが多い)。その後『愛人』『時の流れに身をまかせ』で立て続けのヒットを飛ばすが、1989年の天安門事件でかねてからの夢であった中国本土公演の夢が絶たれ、パリに住居を移す。1990年頃からは活動を休止し、孤独な生活を送っていたという。1995年に持病のぜんそくの静養で訪れていたチェンマイで死去。死因は気管支ぜんそく。没年42歳。台北で行なわれた葬儀は3万人が集まる国葬となった。
(写真は1974年7月1日ポリドール・レコード(現ユニバーサルミュージック))より発売のジャケット)

5月8日の不幸

1年
準備中
1891年
【死去】ブラヴァツキー夫人(Helena Petrovna Blavatsky)【オカルティスト/ロシア】キリスト教・仏教・ヒンズー教を始めとした、さまざまな宗教を折衷した近代神智学を創唱した人物で、神智学協会の設立者のひとり。世界各国を修業のため渡り歩き、この時期に霊体離脱も学んだという。その後は1875年に神智学協会を設立、主にアメリカとインドで活動した。晩年は解雇したスタッフによる暴露記事で詐欺師のイメージが付いてしまった。インフルエンザにより59歳で死去。
1903年
【怪死】ポール・ゴーギャン(Eugène Henri Paul Gauguin)【画家/フランス】パリで活躍し、晩年にかけてのタヒチでの2度の滞在期に『タヒチの女』等、肉感的な裸婦画で名作を遺したフランスの画家。『死者の霊が見ている』等、南国の地の伝統的なスピリチュアル文化に触発された作品も発表している。最後に移り住んだマルキーズ諸島で憲兵の汚職を糾弾しているさなか、心臓発作で急死。常用していたモルヒネやアヘンチンキの過剰摂取によるという説もある。54歳没。
1904年
【死去】エドワード・マイブリッジ(Eadweard Muybridge)【写真家/イギリス】カリフォルニア州元知事リーランド・スタンフォードの依頼(賭けの対象だった)により、「サラブレッドが走行中に4本とも脚が浮いている瞬間があるか」を解き明かす高感度、高シャッタースピードによる連続写真技術を開発した写真家。この作品が後のエジソンによるキネトスコープ発明、さらには映画誕生に繋がったといわれる。1874年には妻の愛人を射殺したが、判決はなぜか正当防衛として無罪となった。74歳で前立腺ガンのため死去。
1982年
【事故死】ジル・ヴィルヌーヴ(Joseph Gilles Henri Villeneuve)【レーシングドライバー/カナダ】マクラーレン、フェラーリという一流チームで活躍したF1ドライバー。これから全盛期を迎えようかという32歳の5月8日、ベルギーGPの予選2日目にヨッヘン・マスを追い抜こうとしてコースアウト。車体は回転し、本人はシートごと車外に投げ出され頸椎を折って即死。ちなみに1977年にも日本GPで観客と警備員2名がなくなる死亡事故を起こしている。息子は1997年F1王者のジャック・ヴィルヌーヴ。
1984年
【事故死】【早世】岩谷真哉【俳優】劇団「第三舞台」所属の俳優。将来を嘱望されていたが、1984年5月8日、大学からバイクで帰宅している際に高円寺付近で交通事故事故死。没年22歳。
1995年
【死去】テレサ・テン(Teresa Teng)【歌手/台湾】幼少時に中国本土から台湾に移住し天才少女として注目を浴びる。14歳でデビューし、瞬く間にアジアの歌姫に。1974年に21歳で来日し人気を博していたが1979年に旅券法違反で国外退去処分に。その後1984年に再来日、代表曲『つぐない』で本格的な大ヒット路線に。その後『愛人』『時の流れに身をまかせ』で立て続けのヒットを飛ばす。1990年頃から活動を休止し、1995年に持病のぜんそくの静養で訪れていたチェンマイで死去。死因は気管支ぜんそく。没年42歳。
2014年
【死去】レツゴーじゅん【漫才師】「じゅんでーす」「長作でーす」「三波春夫でございます」というお決まりの挨拶で人気を博したどつき漫才トリオ「レツゴー三匹」のメンバー。脳出血で68歳没。