『近藤勇のポートレート』

1868年5月17日は、幕末の反幕府勢力を粛正した武闘派組織である「新撰組」の局長を務めた近藤勇が処刑された日である。
沖田総司、土方才三などの同志らと共に「池田屋事件」などで数々の武功を挙げて幕臣になったが、戊辰戦争では旧政府軍として最後まで新政府軍に抵抗した末に、捕縛。
板橋刑場で横倉喜三次、石原甚五郎らの手により斬首となった。その首は京都の三条河原で“さらし首”に処された。
その頭部の行方は現在も不明だが、愛知県岡崎市の法蔵寺、東京都三鷹市の龍源寺、東京のJR板橋駅前、福島県会津若松市の天寧寺、山形県米沢市の高国寺等、数多くの地にその首塚や墓碑が残され、それぞれ供養を続けている。
当時の近藤、そして新撰組の持っていた影響力の大きさを感じさせる“後日譚”である。

(写真はWikipedia Isami kondoより。Public Domain)

5月17日の不幸

1510年
【死去】サンドロ・ボッティチェッリ(Sandro Botticelli)【画家/イタリア】

ルネサンスの初期で最も隆盛を誇ったフィレンツェ派の代表的存在。メディチ家のサポートを受けて、宗教画、神話画で大作を完成させた。代表作に『プリマヴェーラ』『ヴィーナス(ウェヌス)の誕生』等がある。没年64歳。

1818年
【死去】伊能忠敬【商人・測量家】

人生の大半は腕利きの商人であったが、当時31歳の天文学者、高橋至時に50歳で弟子入り。55歳の頃から全国の測量を開始し、亡くなる73年までをかけて全国を測量し『大日本沿海輿地全図』の完成に多大な貢献をした。ちなみに、その編集作業は予想を上回る作業量のため、完成を待たずして73歳没。『大日本沿海輿地全図』は忠敬の死から3年後に高橋景保(至時の長男)が中心となって完成をさせた。

1867年
【夭折】高杉晋作【武士】

幕末の長州藩士。柳生新陰流の剣術、そして吉田松陰門下の松下村塾での学術と、若くして文武ともに才能を発揮。木戸孝允らと共に尊皇攘夷運動、さらには倒幕に向けて長州藩を牽引したが、肺結核で死亡した。没年27歳。

1868年
【処刑】近藤勇【武士】

幕末の反幕府勢力を粛正した武闘派組織である「新撰組」の局長として知られる人物。沖田総司、土方才三らと共に「池田屋事件」などで数々の武功を挙げて幕臣になり、戊辰戦争では旧政府軍として最後まで新政府軍に抵抗するがあえなく捕縛。板橋刑場で横倉喜三次、石原甚五郎らの手により斬首となった。その首は京都の三条河原でさらし首にされた。没年33歳。

1918年
【自殺】ブロニスワフ・ピオトル・ピウスツキ(Bronisław Piotr Piłsudski)【社会主義活動家・文化人類学者/ポーランド】

ポーランド共和国初代国家元首ユゼス・ピウスツキの実兄。サンクトペテルブルグ大学の学生時代にアレクサンドル3世の暗殺計画に加わり、樺太へ流刑に。そこで現地の子供たちのための学校を作って識字教育をしたり、アイヌを始めとした少数民族の研究に携わった。アレクサンドル3世死後に減刑され、ヨーロッパ本土にに戻るが、1918年にパリのセーヌ川から投身自殺。遺書はなかった。没年63歳。

1996年
【急逝】ジョニー・"ギター"・ワトソン(Johnny "Guitar" Watson)【ミュージシャン/アメリカ合衆国】

ブルースギタリスト、シンガー。芸名の由来は女性同士の決闘が話題となったジョーン・クロフォード出演の西部劇『Johnny Guitar(邦題=大砂塵)』より。ブルースからファンクに至るまで幅広く活動。代表曲に『Gangster of Love』等。フランク・ザッパを始め多くのミュージシャンに影響を与えた。1996年には『ジャパン・ブルース・カーニバル』出演のため来日。5月17日に横浜「ブルースカフェ」での単独ライブの最中に心筋梗塞で昏倒。そのまま死亡した。没年61歳。

2012年
【死去】ドナ・サマー(Donna Summer)【歌手/アメリカ合衆国】

"ディスコの女王(Queen of Disco)"と呼ばれ、その生涯でグラミー賞を5回受賞したアメリカを代表する黒人女性シンガー。代表曲に『マッカーサー・パーク』等。晩年は肺ガンを患っていたが、彼女自身は"9.11"の同時多発テロで吸った有毒ガスや粉塵が原因だと考えていた。没年63歳。