『ジェイムズ・ティプトリー・Jr.(アリス・ブラッドリー・シェルドン)のポートレート』

5月19日は男性名で数々のSF小説を発表していた小説家・ジェイムズ・ティプトリー・Jr.が痴呆症が悪化した夫を射殺し、自らもその場で拳銃自殺を遂げた日である。
父親が探検家、母親が作家だったために幼少期に世界各国を旅してまわったアリスは、幼い頃から自然とグラフィックや執筆の活動を始め、学生結婚の後に離婚、その後陸軍やCIAに務めつつ再び大学に入学するなど、かなり独特な人生を送り、40歳を超えてからジェイムズ・ティプトリー・Jr.としてデビュー。誰もが男性作家として疑わなかったが、ファンの中で作家であった母親を探すことが話題になり、女性であったことが発覚した。ちなみに、男性名義を名乗ったのは「女性としての人生にいいことがなかった」という単純な理由であるが、彼女自身、男性よりも女性の方に惹かれた経験が多いという複雑なセクシャリティを自覚していた。そのせいか、代表作『愛はさだめ、さだめは死』のように、性についてかなり踏み込んだ作品が多い。彼女の最後の事件が発覚し、彼らの遺体が発見された時、二人は手を繋いでいたという。その人生の結末もまた、容易に善悪や美醜を判断できない複雑なものであったといえるだろう。

(写真はWikipedia James Tiptree Jr.,より使用)

5月19日の不幸

1970年
【急死】岡晴夫【歌手】

キングレコード所属の歌手として1939年に『国境の春』でデビュー。終戦後は、『憧れのハワイ航路』等の明るい大ヒット曲を連発し、戦後を代表するスター歌手として国民的人気を獲得した。近江俊郎・田端義夫とともに"戦後三羽烏"と呼ばれたことでも知られる。1954年にキングレコードを退社以降は当時の芸能界で流行していたヒロポン中毒などを患い、人気も低迷。晩年は糖尿や白内障も併発し、肝臓ガンで54歳没。

1987年
【自殺】【心中】ジェイムズ・ティプトリー・Jr.(James Tiptree Jr.)【作家/アメリカ】男性名で数々のSF小説を発表していた小説家。代表作『愛はさだめ、さだめは死』のように、性についてかなり踏み込んだ作品が多い。痴呆症が悪化した夫を射殺し、自らもその場で拳銃自殺を遂げた。その遺体が発見された時、二人は手を繋いでいたという。没年71歳。
1991年
【死去】竹中労【ルポライター】

日本共産党員を経てルポライターに。芸能界、政治、宗教、部落問題というあらゆるタブーに切り込んだ過激な書き手として活躍した。著書に『美空ひばり 民衆の心をうたって二十年』『エライ人を斬る』『たまの本』等多数。肝臓ガンで63歳没。

1994年
1994年【自殺】ルイス・オカーニャ(Luis Ocaña【自転車競技選手/スペイン】

スペイン・クエンカ県プリエゴ出身の自転車競技選手。1969年からツール・ド・フランス 総合4連覇を果たした史上最強のロードレーサーことエディ・メルクスと激しい戦いを披露し、1973年に同大会で初優勝(その年はメルクスは不参加)を遂げた。しかしその後の成績は低迷し、フランスのジェール県ノガロで猟銃自殺。没年48歳。借金とC型肝炎を苦にしての自殺であったとされる。

1994年
【死去】ジャクリーン・ケネディ・オナシス【ジョン・F・ケネディ夫人】第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの夫人であり、元ファースト・レディ。ジョンの弟であるロバートの暗殺を機にギリシャの大富豪であるアリストテレス・オナシスと再婚するが、この結婚も幸せなものとは言い難く、オナシスの死去にも立ち会うことはなかった。1994年に非ホジキンリンパ腫で死去。没年64歳。
1996年
【死去】高橋悦史【俳優】

1965年の吉永小百合主演映画『私、違っているかしら』で映画デビュー。1967年の岡本喜八監督作品『日本のいちばん長い日』で注目を浴び、以後は岡本作品に数多く出演した。脾臓ガンで60歳没。

1998年
【死去】宇野宗佑【政治家】

防衛庁長官、科学技術庁長官、行政管理庁長官、通商産業大臣、外務大臣、自由民主党国会対策委員長、自由民主党総裁を歴任し、第75代内閣総理大臣を務めた政治家。学徒出陣でシベリアに抑留された経験をまとめた著書『ダモイ・トウキョウ』が映画化(『私はシベリアの捕虜だった』1952年)されたことでも話題になった。1989年6月3日の総理大臣就任3日後に『サンデー毎日』に神楽坂の芸者とのスキャンダルが報道され、その影響もあり直後の参議院選で完敗。その責任をとる形でわずか69日で総理を辞任した。1996年に政界引退し、肺ガンで75歳没。

2004年
【死去】金田一春彦【国語学者・教師】

言語学者である父・金田一京助に続き、国語学者となった人物。国語辞典の編纂や日本語方言のアクセント研究で多大な功績を残した。クモ膜下出血で91歳没。

2014年
【死去】 ジャック・ブラバム(Sir John Arthur "Jack" Brabham)【レーシングドライバー/オーストラリア】

1959年、 1960年、1966年に年間チャンピオンを獲得したF1レーサーであり、1961年に自ら立ち上げたブラバムで年間チャンピオンを獲得したF1史上唯一の人物。ゴールドコーストの自宅で妻のマーガレットと朝食を食べている最中に死亡した。晩年は腎臓ガンと肝臓病に冒されていた。没年88歳。

2016年
【航空事故】「エジプト航空804便墜落」

フランスのパリ=シャルル・ド・ゴール空港を離陸しエジプトのカイロへ向かう最中にエジプト沿岸から約280km北の地中海上空を飛行中にレーダーから消え、20日に期待の残骸が発見された。乗員乗客66人全員が死亡。ブラックボックスが回収されたものの現在のところ墜落の原因は不明。テロの嫌疑もかけられたが、証拠は何も出ていない。