『津山30人殺し実行犯の都井睦男のポートレート』

5月21日は『津山三十人殺し』『津山事件』として日本、そして世界を震撼させた大量殺人事件が起きた日である。岡山県苫田郡に住む21歳の都井睦雄が、結核に罹るなど自らの体の弱体化を思い悩み、さらにはその病態の身を遠ざける近隣の村人たち、女性たちを恨んで、一晩約2時間以内で小さな集落を自らの祖母ごと皆殺しにするという凶行に及んだ(無事逃げたものも存在する)。学生服に地下足袋、懐中電灯をハチマキで固定、日本刀に猟銃という鬼気迫る姿で一気に30人を殺したその様は、あらゆる創作を超えた説得力を持ち、横溝正史の『八墓村』等多くの作品のモデルとなった。事件後の祖母を不憫に思い、最初の被害者として眠る祖母の首を手斧で切断して出かける様は、その決意がありありと匂い立つようなエピソードである。最後は猟銃で心臓を撃ち抜き自殺。近年増加している、犠牲者の数字を競うような海外の大量殺人とは趣が異なり、人間の業が滲み出るような大量殺人事件である。

(写真はWikipedia 津山事件より。Public Domain)

5月21日の不幸

1年
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1928年
【死去】野口英世【医学者・細菌学者】黄熱病、梅毒について著しい研究成果を残した世界的細菌学の権威。2004年から発行されている1000円札の肖像画の人物としても知られる。長きにわたり研究してきた黄熱病で51歳没。
1938年
【連続殺人】『津山三十人殺し』または『津山事件』として日本、そして世界を震撼させた大量殺人事件。岡山県苫田郡に住む21歳の都井睦雄が、結核に罹るなど自らの体の弱体化を思い悩み、さらにはその病態の身を遠ざける近隣の村人たち、女性たちを恨んでの犯行だった。一晩約2時間以内で自らの祖母を皮切りに30人虐殺し、最後は猟銃で心臓を撃ち抜き自殺した。
1990年
【死去】藤山寛美【喜劇俳優】戦後の大阪で松竹新喜劇の大看板として活躍した喜劇役者。娘の藤山直美もその遺志を継いでいるが、父の藤山秋美もまた役者であった。"遊びは芸の肥やし"の言葉を地でゆく有名な浪費家で、一時期はお当時の金額で1億8千万円もの借金を抱え自己破産、松竹新喜劇も解雇となった。しかし松竹側の不振で借金を肩代わりされ復帰。十八番のアホ役で再び大ヒット上演を続け借金も完済した。肝硬変で60歳没。
2011年
【死去】長門裕之【俳優】祖父に映画監督のマキノ省三、弟に俳優の津川雅彦を持つ芸能一家出身の俳優。妻であり女優の南田洋子とのおしどり夫婦としても知られ、テレビ番組『ミュージックフェア』のMCを長年共に務めた。肺炎で死去。没年77歳。
252年
【死去】孫権【呉の初代皇帝】三国時代の呉の初代皇帝。父、兄が相次いで死に、たった19歳で呉を率いることになった。ひと世代上の年齢になる曹操、劉備と渡り合い、遂には皇帝を名乗るまでに国を繁栄させた。その後69歳で亡くなるまで、50年もの間権勢をふるった。