『愛車のフォード・V8・1932年モデルの前で撮影されたボニー&クライド』
1930年代という世界恐慌の真っ只中、しかもアメリカは禁酒法の時代という閉塞的な時勢に、銀行強盗や殺人をしてアメリカ中西部で回った男女二人組、“ボニーとクライド”。彼らの凶行に業を煮やしたルイジアナ警察が機関銃で射殺したのが1934年5月23日である。不景気な時代ということもあり、新聞を賑わせる彼らはカリスマ的な人気を博し、犯罪者でありながら多くの支持者を獲得し、逃走を手助けするものたちも多く、警察を困らせた。また、彼らの率いる強盗団「バロウ・ギャング」のメンバーにはクライドの実兄、その妻まで参加しており、さらに犯罪者となってからも家族とはよい関係を保っていたという、家族ぐるみの犯罪稼業であったともいえる。彼らのその刹那的な生き方は、後年多くのクリエーターの共感を呼び作品化された。代表的なものにアーサー・ペン監督の映画『俺たちに明日はない』が挙げられる。
(写真はWikipedia Bonnie and Clydeより。Public Domain)

5月23日の不幸

1年
準備中
1934年
【射殺】クライド・バロウ(Bonnie and Clyde)【強盗殺人犯/アメリカ】映画『俺たちに明日はない』のモデルとなった、1930年代アメリカの強盗殺人カップル"ボニーとクライド"のクライド。犯罪者集団「バロウ・ギャング」のリーダー。幼い頃から動物虐待癖があり、若くして強盗に明け暮れていた。ボニーと出会った直後に刑務所に2年収監されたが、出所後はより派手に凶悪犯罪を犯し続けた。最後は車で逃走中にルイジアナ警察に射殺された。没年23歳。
1934年
【射殺】ボニー・パーカー(Bonnie Parker)【強盗殺人犯/アメリカ】強盗殺人カップル"ボニーとクライド"のボニー。16歳の頃にレイ・ソーントンという人物と結婚するが、その人物も強盗のため刑務所に。その後クライドと出会い、行動を共にした。最後は車で逃走中にルイジアナ警察に射殺された。没年25歳。
1999年
【事故死】オーエン・ハート(Owen James Hart)【プロレスラー/カナダ】カルガリー出身のプロレスラー。プロレス一家として有名なスチュ・ハートの"ハート・ファミリー"の12兄弟の末っ子で、WWF(現WWE)で活躍したが、カンザスシティで開催された『オーバー・ジ・エッジ』 で、天井から入場する仕掛けのワイヤーが外れてリング上で転落事故死。没年34歳。
2009年
【自殺】盧武鉉(Roh Moo-hyun)【政治家/韓国】第16代韓国大統領。弁護士出身。退任後、大規模な贈賄容疑で大統領時代の側近や親族が相次いで逮捕され、本人も6億円を超える不正資金の嫌疑がかけられていたさなか、金海市郊外烽下村の自宅裏の岸壁から投身自殺。没年62歳。