『「神の悪フザケ【改訂版】」表紙の山田花子のポートレート』

1992年5月24日は、わずか15歳でデビューを果たし、『神の悪フザケ』『魂のアソコ』等多くのオリジナリティー溢れる作品を残したマンガ家の山田花子が、投身自殺を遂げた日である。
『なかよし』(講談社)というメジャー誌でデビューしたものの、幼少期からイジメられてきたというバックボーンもあり、リストカットや自殺未遂などの壮絶な経験をマンガ作品として昇華し、当時独特のマンガ文化を牽引していた雑誌『ガロ』(青林堂)で作品を発表するように。その一方でメジャー誌の『週刊ヤングマガジン』での連載『神の悪フザケ』がカルト的な人気を獲得するなど、幅広い活動を続けていた。
しかし、1992年の2月末に、当時アルバイトをしていた喫茶店を解雇されたことを契機に精神状態に異常をきたし始め、3月4日には統合失調症で入院。そして退院後の5月24日に東京都日野市の百草団地の11階から飛び降り自殺を行ない、24年の人生を終えた。
生来のメモ魔で日記を付けていたこともあり、死に至るまでの経緯は多くの作品となり、その死後に発表された。
中でも1994年に発表された『自殺直前日記』(太田出版)は実父が編集した私家版の日記を再編集し出版したものであり、経緯は異なるが、どこかアンネ・フランクの『アンネの日記』を彷彿とさせる作品である。
どちらも、死してなお、人々に作品を送り届けさせるだけの壮絶な人生であったといえるであろう。

(画像は山田花子作『神の悪フザケ【改訂版】』青林堂/1994年刊)

5月24日の不幸

1856年
【政治事件】「ブラウンの蜂起」

アメリカの 奴隷制度廃止運動家のジョン・ブラウンらが奴隷解放のために起こした事件。「ハーパーズフェリー襲撃」とも呼ばれる。ジョン・ブラウンらはバージニア州・ハーパーズフェリーにある連邦武器庫を襲撃。占領するも連邦海兵隊に鎮圧され同年12月にジョン・ブラウンは絞首刑となった。

1956年
【法案成立】「 売春防止法公布」

1956年5月24日「売春防止法」が施行。昭和31年5月24日法律第118号。売春を助長する行為が処罰の対象となり、最高10年の懲役が規定されている。また、売春を行なった側は保護更生の措置が取られる。

1971年
【死去】平塚らいてう【作家・編集者・女権運動家】

自らが中心となって発刊した女性専門の文芸誌『青踏』の発刊によせた「元始、女性は太陽であった」の言葉で知られる作家、フェミニズム運動家。胆嚢・胆道ガンに罹り85歳没。

1974年
【死去】デューク・エリントン(Edward Kennedy "Duke" Ellington)【ミュージシャン/アメリカ合衆国】

ジャズピアニスト、ピアノ奏者、作曲家であり、今も活動を続けるデューク・エリントン・オーケストラを率いた。ヒット曲に『Take the A Train(A列車で行こう)』等。映画『或る殺人』の音楽でグラミー賞の3部門受賞、生涯合計9度のグラミー賞を受賞。肺炎と肺ガンの合併症で死去。75歳没。

1980年
【政治事件】「モスクワ五輪ボイコット」

ソ連のアフガニスタン侵攻に対し、アメリカが中心となってボイコットを呼びかけた事件。日本・イギリス・フランスなどが60カ国が不参加を表明した。

1981年
【競技中事故死】ヘルベルト・ミューラー(Herbert Müller Rebmann)【レーシングドライバー/スイス】

スイス出身で主にスポーツカーでの耐久力レースに出場していたレーシングドライバー。成績は1966年、1973年の「タルガ・フローリオ」で優勝、1971年、1974年の「ル・マン24時間レース」で総合2位。「インターセリエ」では1974年から1976年の間、3年連続でチャンピオンとなっている。1981年5月24日、ニュルブルクリンクでのレース中、雨でコントロールを失いコースアウト。その際、一周目でリタイアし放置されていた別のマシンに衝突し自身のマシンが炎上。ミューラーはマシンの中で、衝突時に即死したとみられている。没年41歳。

1992年
【自殺】山田花子【漫画家】

幼少期からイジメを苦にし、リストカットや自殺未遂を経験。その痛々しい体験をマンガ作品として昇華し、『神の悪フザケ』『魂のアソコ』等多くのオリジナリティー溢れるマンガ作品を残した。しかし1992年の2月末にアルバイトしていた喫茶店を解雇され、精神状態に異常をきたす。3月4日には統合失調症で入院するも、退院後の5月24日に東京都日野市の百草団地の11階から飛び降り自殺。24歳没。

1995年
【死去】 ハロルド・ウィルソン(James Harold Wilson)【政治家/イギリス】

商業大臣、労働党党首を歴任し、第67代、第69代イギリス首相を務めた人物。1945年に下院議員に当選、次官級としてクレメント・アトリー内閣に入閣。1947年、商業大臣に就任、1963年に第14代労働党党首となる。1964年に首相に就任、1970年まで任期を務め、1974年から再び首相に就任するも1976年に引退。その後はブラッドフォード大学の学長、王立統計協会会長などを務めた。1995年5月24日、アルツハイマー病により死去。没年79歳。

2002年
【急死】伊藤俊人【俳優】

劇団東京サンシャインボーイズ出身で、同劇団主催の三谷幸喜作品で活躍した個性派俳優。代表作にテレビドラマ『警部補 古畑任三郎』『ショムニ』等。『ショムニFINAL』の撮影直前にクモ膜下出血で急死。没年40歳。

2002年
【死去】清川虹子【女優】

映画『緋牡丹博徒シリーズ』等で活躍した個性派の喜劇女優。今村昌平監督のカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを獲得した映画『楢山節考』では70歳でヌードを披露し話題になった。肺出血で89歳没。

2005年
【死去】石津謙介【ファッションデザイナー・実業家】

1960年代に流行した「アイビールック」を生み出し"メンズファッションの神様"と呼ばれたファッションデザイナー。大学卒業後、実家の紙問屋を次ぐも日中戦争がはじまり、物資が調達できず廃業。1939年に中国に移住してから服飾関係の職に就き、第二次世界大戦後に帰国。レナウンを経て独立し、1951年に「石津商店」を創設。1954年からVANブランドを立ち上げ「有限会社ヴァンヂャケット」と改装。1960年代「アイビールック」の流行により、VANの商品を着た若者たちが銀座のみゆき通りに溢れ「みゆき族」と呼称された。1978年におよそ500億円の負債を抱え「有限会社ヴァンヂャケット」は破綻。以降はフリーのデザイナーとして活躍した。2005年5月24日、肺炎のため死去。没年93歳。

2007年
【死去】大庭みな子【小説家】

1965年から1974年にかけて活躍した「内向の世代」と呼ばれる小説家のひとり。終戦後、夫の赴任先であるアラスカで本格的な文筆活動を始め、1968年に『三匹の蟹』でデビュー。同作品は群像新人文学賞・芥川賞を受賞。その後も谷崎潤一郎賞を始め多くの賞を受賞し、1987年から芥川賞初の女性選考委員のひとりとなって1997年まで務めあげた。1996年、脳梗塞により左半身不随となってからは、夫が口頭記述を行なうことで執筆活動を続け、2007年5月24日腎不全のため死去。没年76歳。

2010年
【急死】ポール・グレイ(Paul Gray)【ミュージシャン/アメリカ合衆国】

2006年にグラミー賞でベストメタルパフォーマンス賞を受賞したヘヴィメタルバンド、スリップノットの元ベーシスト。アイオワ州ジョンストンのホテルで死亡しているところを発見された。死因はモルヒネの過剰摂取。部屋中に注射器や錠剤が巻き散っていた。重大な心臓病だったとみられている。没年38歳。

2010年
【死去】ラッシャー木村【プロレスラー】

大相撲力士廃業後の1964年にプロレスラーに転向、国際プロレスで"金網デスマッチの鬼"と呼ばれ大活躍した無骨なプロレスラー。新日本プロレスを経て晩年まで活躍した全日本プロレスではジャイアント馬場を「アニキ」と呼ぶ、ほのぼのとしたマイクパフォーマンスで人気者となった。最晩年は三沢光晴率いるプロレスリングノアにも参加し2004年で現役引退。腎不全から引き起こされた誤嚥性肺炎で68歳没。