「平塚らいてうのポートレート」

5月24日は、自らが中心となって発刊した女性専門の文芸誌『青踏』の発刊によせた「元始、女性は太陽であった」の言葉で知られる平塚らいてう(雷鳥)の死亡した日である。作家だけでなく、フェミニスト運動家としても、日本を代表する人物であった。代表作は胆嚢・胆道癌に罹り85歳没。年下の男性を「若いツバメ」と形容する言葉の語源は、彼女が年下のパートナー、奥村博史に送った手紙の中で使われたことにある。

(写真はWikipedia 平塚らいてうより。Public Domain)

5月24日の不幸

1年
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1971年
【死去】平塚らいてう【作家・編集者・女権運動家】自らが中心となって発刊した女性専門の文芸誌『青踏』の発刊によせた「元始、女性は太陽であった」の言葉で知られる作家、フェミニズム運動家。胆嚢・胆道癌に罹り85歳没。
1974年
【死去】デューク・エリントン(Edward Kennedy "Duke" Ellington)【ミュージシャン/アメリカ】ジャズピアニスト、ピアノ奏者、作曲家であり、今も活動を続けるデューク・エリントン・オーケストラを率いた。ヒット曲に『A列車で行こう』等。映画『或る殺人』の音楽でグラミー賞の3部門受賞、生涯合計9度のグラミー賞を受賞。肺炎と肺ガンの合併症で死去。75歳没。
1992年
【自殺】山田花子【漫画家】幼少期からイジメを苦にし、リストカットや自殺未遂を経験。その痛々しい体験をマンガ作品として昇華し、『神の悪フザケ』『魂のアソコ』等多くのオリジナリティー溢れるマンガ作品を残した。しかし1992年の2月末にアルバイトしていた喫茶店を解雇され、精神状態に異常をきたす。3月4日には統合失調症で入院するも、退院後の5月24日に東京都日野市の百草団地の11階から飛び降り自殺。24歳没。
2002年
【急死】伊藤俊人【俳優】劇団東京サンシャインボーイズ出身で、同劇団主催の三谷幸喜作品で活躍した個性派俳優。代表作にテレビドラマ『警部補 古畑任三郎』『ショムニ』等。『ショムニFINAL』の撮影直前にクモ膜下出血で急死。没年40歳。
2002年
【死去】清川虹子【女優】映画『緋牡丹博徒シリーズ』等で活躍した個性派の喜劇女優。今村昌平監督のカンヌ国際映画祭のパルム・ドール獲得映画『楢山節考』では70歳でヌードを披露し話題になった。肺出血で89歳没。
2010年
【急死】ポール・グレイ(Paul Gray)【ミュージシャン/アメリカ】グラミー賞を受賞したヘヴィメタルバンド、スリップノットの元ベーシスト。アイオワ州ジョンストンのホテルで死亡しているところを発見された。死因はモルヒネの過剰摂取。部屋中に注射器や錠剤が巻き散っていた。重大な心臓病だったとみられている。没年38歳。
2010年
【死去】 ラッシャー木村【プロレスラー】大相撲出身で国際プロレスで"金網デスマッチの鬼"と呼ばれ大活躍した無骨なプロレスラー。新日本プロレスを経て晩年まで活躍した全日本プロレスではジャイアント馬場を「アニキ」と呼ぶ、ほのぼのとしたマイクパフォーマンスで人気者となった。最晩年は三沢光晴率いるプロレスリングノアにも参加し2004年で現役引退。腎不全から引き起こされた誤嚥性肺炎で68歳没。