『TBSアナウンサー時代のブログに写る川田亜子』

2008年5月25日は、フリーアナウンサーの川田亜子が港区海岸の路上に停めた自家用車の中で練炭自殺をしていた日である。
2002年にTBSに入社し、報道からバラエティまでをこなす才色兼備の女子アナとして活動し、『Goro's Bar』等のバラエティ番組ではアナウンサーの範疇に収まりきらない独自のパーソナリティを発揮していた川田。他の多くの人気局アナと同様に、2007年には独立してフリーランスとなったところまでは、“既定路線”というようなキャリアに思えたものだった。しかし、独立した翌年早々にネガティブな文章がブログを飾り始め、5月7日には「先週から口が回らなく、どうしたものかと悩んでおりました。普段から喋りがなめらかとは言えない私にとっても心配であり、不安が押し寄せてきます。」5月8日には「いつもの私がまだ見つけられません。」そして極めつきは5月12日の「母の日に私は悪魔になってしまいました。」などというあからさまに異常な文章を残し、5月26日朝、路上に停めた白いメルセデス・ベンツ(川田の所有のものではない)の中で練炭自殺しているところを発見された。遺書があったこともあり、警察も自殺として処理したが、その死後、生前の交際相手として名乗り出たマット・テイラーなる平和活動家が他殺説を唱え記者会見を行なうなど、他殺説も根強く囁かれている。その真相は現在も明らかになっていないが、自殺の特に多い職業として知られる女子アナウンサーの中にあっても、飛び抜けて不可解な“自殺”であったことは確かである。

(写真は川田亜子のブログ『Ako's Style』livedoor・Blogのトップ画像)

5月25日の不幸

1954年
【事故死】ロバート・キャパ(Robert Capa)【カメラマン/ハンガリー・アメリカ】スペイン内戦、日中戦争、第二次世界大戦等を取材した世界で最も有名な報道カメラマン、戦場カメラマンのひとり。アンリ・カルティエ・ブレッソンらと共に国際写真家グループ「マグナム・フォト」を結成。第一次インドシナ戦争の取材のためベトナムに渡るが、地雷を踏み爆死した。40歳没。
1970年
【八百長事件】「黒い霧事件」プロ野球公式戦での八百長行為が発覚し、多くの現役選手の関与が明らかになった日本野球界最大の汚職事件。コミッショナー委員会により西鉄の3選手、池永正明、与田順欣、益田昭雄の3投手に永久追放処分が決定。
1996年
【事故死】【早世】ブラッドリー・ノウェル(Bradley James Nowell)【ミュージシャン/アメリカ】ロックグループ・サブライムのリードボーカルでありギタリスト。ツアー直前に泊まったモーテルでヘロインの過剰摂取を起こし死亡。没年28歳。
2002年
【航空事故】「チャイナエアライン611便空中分解事故。」台湾海峡上空で空中分解し墜落。乗員乗客225人全員が死亡。原因は金属疲労だった。
2008年
【怪死】川田亜子【アナウンサー】TBSに入社し、報道からバラエティまで才色兼備の女子アナとして活動し、2007年には独立してフリーランスに。しかし翌年からネガティブな文章がブログを飾り、5月12日には「母の日に私は悪魔になってしまいました」というあからさまに異常な発言を残し、5月26日朝、港区海岸の路上で練炭自殺しているところを発見された。遺書もあったこともあり、警察も自殺として処理したが、交際相手として名乗り出たマット・テイラーなる人物が他殺説を唱えるなど、その真相は明らかになっていない。没年29歳。
2009年
【未解決事件】「板橋資産家夫婦放火殺人事件」東京都板橋区弥生町に住む瀬田英一(当時74歳)宅から出火、焼け跡から瀬田英一本人と妻・千枝子(当時69歳)の死体が発見された。現場のポリタンクなどから放火とみられ、しかも、その遺体には多くの刺し傷が残っており、殺人事件とみられている。瀬田夫婦は地元では有名な資産家であり、多くの物件を所持していたため金銭目当てかと思われたが、自宅にあった現金約1000万円は手つかずの状態だった。現在も犯人は逮捕されていない。
2010年
【急死】【早世】KAGAMI【DJ・ミュージシャン】石野卓球主宰のレーベル「Loopa」等で活躍した人気テクノDJ。代表作に『Tokyo Disco Music All Night Long』等。過労による急性心不全で急死。没年34歳。
2014年
【殺人未遂】【テロ】「AKB48握手会傷害事件」岩手県滝沢市の岩手産業文化センターで開催されていたアイドルグループAKB48の握手会で、同グループメンバーの川栄李奈、入山杏奈に無職の梅田悟(24)がのこぎりで切りかかり、会場スタッフの男性を含む3名がが負傷。梅田は「誰でもよかった。自分が警備会社を解雇され無職なのに、AKB48のメンバーが多額の収入を得ていると思い、不満を抱くようになった」などとその動機を語っている。メンバー二人はその後も芸能活動を続行している。