『初代ミスタータイガース・藤村冨美男の嘘みたいなスイング』

1992年5月28日は、1950年代のプロ野球黎明期、大阪タイガースの“4番サード”としてチームのみならず球界を牽引した初代“ミスタータイガース”こと藤村冨美男が死亡した日である。
“物干し竿”と形容された長尺のバットを振り回したそのド派手なパフォーマンスは、後の“ミスタージャイアンツ”こと長嶋茂雄へと受け継がれ、少年時代に藤村に憧れた長嶋が、サードを守るきっかけともなった。
生涯打率3割、224本塁打、1126打点という豪快なバッティングのみならず、時にはピッチャーも務め(通算34勝)、股間から牽制球を投げるなど、ショーマンとして野球人気の向上に大きな役割を担った。
私生活は根っからの甘党で好物はあんパンという藤村の少年のようなキャラクター通りともいえる糖尿での死去は、不思議と“悲劇”のムードを漂わせないものにも感じられる。
その命日には、甲子園球場に半旗が掲げられ、藤村冨美男というマンガのような大スターの人生は幕を閉じたのだった。

(写真はWikipedia 藤村冨美男より。Public Domain)

5月28日の不幸

1750年
【夭折】桜町天皇【天皇】

江戸時代の1735年に即位し、1747年まで在位した日本の第115代天皇。諱は昭仁(てるひと)。退位後は院政を開始したが、脚気衝心により31歳没。

1828年
【死去】大黒屋光太夫【回船業者】

1782年12月に江戸を目指し伊勢国白子の浦を出向するも、駿河沖での暴風雨のために漂流し、7カ月の航海の後にアリューシャン列島のアムチトカ島へ漂着した回船業者。その場でロシア語を習得しながら、カムチャツカ、オホーツク、ヤクーツク、イルクーツクと周り、1791年にサンクトペテルブルクでエカチェリーナ2世に謁見し、帰国を許された。根室に帰国後はその見聞を聴取され、桂川甫周による『北槎聞略』として記され、蘭学の発展に大きく貢献した。幕府からは江戸・小石川の薬草園に住居を与えられ、日ロ交渉に協力しながら、そこで余生を過ごした。その激動の人生は井上靖の小説『おろしや国酔夢譚』として1974年に発表され、1992年には同名映画も製作された。1828年5月28日に死亡。

1992年
【死去】藤村富美男【プロ野球選手・監督】

1950年代、大阪タイガースの4番サードとしてチームのみならず球界を牽引した初代"ミスタータイガース"。物干し竿と形容される長尺のバットを振り回したそのド派手なパフォーマンスで生涯打率3割、224本塁打、1126打点という強打者だったが、時にはピッチャーも務め(通算34勝)、股間から牽制球を投げるなど、ショーマンとして野球人気の向上に大きな役割を担った。根っからの甘党で好物はあんパンというキャラクターに相応しく、75歳で糖尿からくる腎不全で死去。没年75歳。

2004年
【殺人】田中美羽【タレント・マネージャー】

朝日放送の名物番組となった『探偵!ナイトスクープ』の初代探偵、そしてラジオ関西『チャチャラジオ』の初代アシスタントなどの出演で知られる女性タレント。2000年頃から、私生活でもパートナーであった元ザ・ナターシャー・セブンの城田じゅんじのマネージャーも兼任するようになっていたが、2004年5月27日深夜に城田と口論の末、頭部を殴打される事件に発展。そのまま急性硬膜化血腫で28日に死亡した。没年41歳。

2007年
【自殺】松岡利勝【政治家】農林水産省の林学技官から政治家に転身、第1次安倍内閣で農林水産大臣に就任したが、政治献金や公費不正使用、使途不明金の問題がが立ち上がると、2007年5月28日に赤坂の衆議院議員宿舎で首吊り自殺。没年62歳。遺書には「身命をもって責任とお詫びにかえさせていただきます」などと記されていた。現職大臣の自殺は現憲法の元では初。ちなみに松岡が運び込まれた東京・信濃町の慶應義塾大学病院では前日にZARDの坂井泉水が事故死していたために2日連続報道陣で賑わう非常事態となった。
2008年
【食品偽装】【不祥事】「船場吉兆廃業」大阪にあった高級料亭の船場吉兆が、前年からの食品偽装問題、食べ残しの再利用等、数々の不祥事が明るみに出たことを理由に廃業。女将が息子の耳元で囁き、それをオウム返しするというコミカルな釈明会見でも話題となった。
2015年
【死去】今いくよ【お笑い芸人】デブとガリの女性漫才コンビ「今いくよくるよ」のボケ。ツッコミの今くるよとは高校時代のソフトボール部時代からの同級生で、夫婦漫才の島田洋介・今喜多代に弟子入りして芸能活動を開始。以降長きにわたり日本を代表する女性漫才師として一線で活躍を続けたが、2014年9月に胃ガンに罹ったために芸能活動休止。年末の12月に復帰したが、翌年5月28日に死去。没年67歳。
2015年
【死去】今井雅之【俳優・演出家・脚本家】自衛官出身の肉体派俳優として、テレビ、映画等の他バラエティ番組でも活躍。自らが脚本・演出を手がけた神風特別攻撃隊をテーマにした舞台『THE WINDS OF GOD』をヒットさせたことで知られ、同作は生涯のライフワークとなった。2014年に腸閉塞で余命3日と申告されるが、緊急手術で奇跡的に回復。しかし翌年大腸ガンで死亡した。54歳没。