『落合芳幾との共作「英名二十八衆句」より月岡芳年作「直助権兵衛」と「奥州安達がはらひとつ家の図」(写真右)』

1829年6月9日は、歌川国芳等に師事し、その無残画の作品群で“血まみれ芳年”の異名をとった浮世絵師の月岡芳年が死亡した日である。
江戸時代末期から明治期にかけて活躍し“最後の浮世絵師”とも呼ばれた人物であり、その残酷極まりない猟奇的な作品群は江戸川乱歩、三島由紀夫、横尾忠則など数々の作家の世界観に大きな影響を与えた。特に責め絵の大家といわれる伊藤晴雨は、芳年の妊婦を吊した代表作『奥州安達がはらひとつ家の図』にインスパイアされ妊娠中の自らの妻を逆さ吊りにして写真を撮影するほどであった。生涯1万点もの作品を残し、葛飾北斎、歌川国貞に次ぐだけの作品数を残し、数百の門弟を持つ本格的な浮世絵師であった芳年であるが、その残酷な作品群の印象が強すぎるために“血まみれ”の絵師としてだけ語られる機会が多い。果たして、芳年にとって、その評価は幸か不幸か。ただ、月岡芳年が余りある才能で人間の真実を炙り出し、新しい“異端の系譜”を生み出したことだけは事実である。

(Wikipedia Honen Tsukiokaより使用。Public Domain)

6月9日の不幸

1年
準備中
1348年
【死去】【伝染病】アンブロージョ・ロレンツェッティ(Ambrogio Lorenzetti)【画家/イタリア】

初期ルネサンス期に活躍したシエナ派の画家であり、『悪政の寓意、および都市と田園におけるその効果』『都市と田園における善政の効果』等の代表作で知られる人物。同じく画家であった兄のピエトロ・ロレンツィ同様にペストで死亡。推定没年58歳。

1870年
【死去】チャールズ・ディケンズ(Charles John Huffam Dickens)【小説家/イギリス】

1800年代のヴィクトリア朝時代に活躍し、代表作『オリバー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』等の作品群でイギリスの国民的作家と呼ばれる小説家。1992年から2003年までの10UKポンドに肖像画が使用されたことでも知られている。1865年6月9日に発生し10人の死亡者を出した「ステープルハースト鉄道事故」に巻き込まれたが、無事であったが一時期失語症になるなどの影響があり、そのちょうど5年後の1870年6月9日、執筆中の『エドウィン・ドルードの謎』を未完のまま、脳卒中で死亡。没年58歳。その墓碑銘には "He was a sympathiser to the poor, the suffering, and the oppressed ; and by his death, one of England's greatest writers is lost to the world."とその弱者へ寄り添い続けたディケンズの視点が刻まれている。

1892年
【死去】月岡芳年【浮世絵師】

歌川国芳等に師事し江戸時代末期から明治期にかけて活躍したことで"最後の浮世絵師"とも呼ばれ、代表作落合芳幾との共作『英名二十八衆句』『奥州安達がはらひとつ家の図』等の無残画の作品群で"血まみれ芳年"の異名をとった浮世絵師。その残酷極まりない猟奇的な作品群は江戸川乱歩、三島由紀夫、伊藤晴雨、横尾忠則など数々の作家の世界観に大きな影響を与えた。生涯1万点もの作品を残し、葛飾北斎、歌川国貞に次ぐだけの作品数を残し、数百の門弟を持つ正当派の浮世絵師であった芳年であるが、その残酷な作品群の印象が強すぎるために"血まみれ"の絵師としてだけ語られる機会が多い。晩年は脚気や視力障害を患いながらも病床まで筆を執り続け、脳充血で死亡。没年53歳。

1923年
【心中】有島武郎【小説家】

武者小路実篤、志賀直哉らによって創刊された同人誌『白樺』に参加した白樺派の中心的人物であり、小説『カインの末裔』『或る女』や、評論『惜みなく愛は奪ふ』で知られる小説家。妻の安子に先立たれた晩年に、婦人公論の記者であった波多野秋子と不倫関係となり、秋子の夫、春房からの脅迫に耐えかね軽井沢の別荘にて首吊り心中を遂げた。没年45歳。だが、日本を代表する作家の余りにナイーブなその自殺には事件直後から賛否両論が起こり、師の内村鑑三をはじめ唐木順三等、多くの知識人が否定的な立場をとった。辞世の歌は「幾年の命を人は遂げんとや思い入りたる喜びも見で 修禅する人のごとくに世にそむき静かに恋の門にのぞまん 蝉ひとつ樹をば離れて地に落ちぬ風なき秋の静かなるかな」何通か発見された遺書の中には「愛の前に死がかくまで無力なものだとは此瞬間まで思はなかつた」という言葉も見つかった。ちなみに、7月7日の発見までに1月以上を要したために遺体の腐乱状態は酷いものであったという。

1931年
【死去】ウィリアム・デニング(William Frederick Denning)【天文学者/イギリス】

彗星探査での業績で知られる天文学者で、1881年に発見した周期彗星、72P/デニング・藤川彗星や彗星D/1894 F1で知られる。月の「デニングクレーター」と火星の「デニングクレーター」は彼にちなんで命名されたものである。82歳没。

1959年
【死去】アドルフ・ヴィンダウス(Adolf Otto Reinhold Windaus)【化学者・教育者/ドイツ】

インスブルック大学教授やゲッティンゲン大学化学科学科長を歴任したベルリン出身の化学者であり、1928年にステロイドとビタミンの研究でノーベル化学賞を受賞した人物。没年82歳。

1974年
【死去】ミゲル・アンヘル・アストゥリアス(Miguel Ángel Asturias Rosales)【小説家・ジャーナリスト/グァテマラ】

1930年に発表した『グアテマラ伝説集』で「魔術的リアリズム」を確立したともいわれる小説家。20世紀後半のラテンアメリカ文学ブームの中心にいた作家でもある。晩年はジャーナリストに転身もしたが、政変による亡命生活も送りながら『大統領閣下』等の小説を書き続けた。1966年にレーニン平和賞を、1967年ノーベル文学賞を受賞した。マドリードで74歳没。

1992年
【死去】椋尾篁【アニメーション美術監督】

東京ムービー勤務を経て1971年にムクオスタジオを設立。『銀河鉄道999』『母をたずねて三千里』『悪魔くん』『美少女戦士セーラームーン』等に代表される数々の人気アニメ作品の美術監督を務めた人物。映画『幻魔大戦』などの実写作品のイメージデザインも手がけた。ガンにより54歳没。

2011年
【死去】川上とも子【声優】

アニメ『少女革命ウテナ』の天上ウテナ役や『宇宙海賊ミトの大冒険』のミト役、『ヒカルの碁』の進藤ヒカル等、数々の人気アニメ作品での出演で人気を博した声優。2008年8月に体調不良から精密検査を受け、16日に入院、19日に手術。その後は療養、治療の傍ら出演を再会。2011年6月に容体が急変し、6月9日に卵巣ガンで死亡した。41歳没。

2012年
【死去】深瀬昌久【写真家】

深瀬写真館を営む父・深瀬助造の長男として生まれ日本大学芸術学部写真学科を経て写真家に。代表作に『洋子』『鴉』等。1992年に開催した個展『私景シリーズ92'』の直後の6月20日の深夜に新宿ゴールデン街の「南海」の階段から泥酔の余り転落し、脳挫傷に。重度の障害を負い、以降は写真撮影が不可能に。その後2012年6月9日に脳出血で78歳没。その死後、世界的な評価を獲得した。