『焼身自殺をするティック・クアン・ドック』マルコム・ブラウン撮影

1963年6月11日は、南ベトナムのゴ・ディン・ジエム政権に抗議するために、大乗仏教の僧侶、ティック・クアン・ドックが焼身自殺した日である。アメリカの傀儡といわれた当時の政権の仏教徒への弾圧に抗議するために、アメリカ大使館前で行なわれたこの生命を賭したパフォーマンスは世界各国に衝撃をもって迎えられた。アメリカ人ジャーナリストのマルコム・ブラウンによるこの写真は、1963年の世界報道写真大賞、翌年のピューリッツァー賞を受賞。後年、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのデビューアルバムのジャケットにも使用された。時のアメリカ大統領だったジョン・F・ケネディは、「この写真よりも感情を引き起こす写真をこの世界で見たことがない」と驚嘆した。仏教、そしてアジア人、の死生観をヨーロッパ諸国に強く植え付けた自殺である。

(画像はWikipedia Thích Quảng Đứcより)

6月11日の不幸

1963年
【自殺】ティック・クアン・ドック(Thích Quảng Đức)【僧侶/ベトナム】南ベトナムのゴ・ディン・ジエム政権に抗議するために焼身自殺した大乗仏教の僧侶。没年63歳。
1972年
【事故死】ヨアキム・ボニエ(Joakim "Jo" Bonnier,)【レーシングドライバー/スウェーデン】マセラッティからデビューしたスウェーデン出身のF1ドライバー。1959年に所属していたBRMワークスで、生涯唯一となったF!グランプリ初優勝を遂げる(オランダGP)。F1引退後に参加していた1972年のル・マン24時間耐久レースで接触事故。ガードレールを飛び越えて炎上し、即死。没年42歳。後にF1チャンピオンとなるデーモン・ヒルの名付け親としても知られている。
1979年
【死去】ジョン・ウェイン(John Wayne)【俳優/アメリカ】ジョン・フォード監督の大ヒット映画『駅馬車』の主演で西部劇の一大スター俳優に。肺ガンで方は片方の肺を失いながらも活躍したが、最後は胃ガンのため72歳で死去した。フリー・メイソンの会員であったことでも知られている(マリオン・マクダニエル・ロッジ No.56)。
1985年
【奇妙な死】カレン・クィンラン(Karen Ann Quinlan)【OL/アメリカ】尊厳死問題に重要な影響を及ぼした人物。21歳の頃、購入したドレスが着られるように48時間絶食という激しいダイエットをして友人の誕生日パーティに出席、その場でアルコールとバリウムを飲み、やがて意識を失った。その場で発見が遅れたために脳に回復不能なほどの損傷を受け、人工呼吸器が必要な植物人間状態に。そのご両親は呼吸器を外すように懇願したが、病院側が拒否。(つづく)
1985年
【奇妙な死】カレン・クィンラン(Karen Ann Quinlan)【OL/アメリカ】(つづきから)翌年両親がニュージャージー裁判所に告訴すると、両親の訴えは認められることとなった。なお、カレンは人工呼吸器を外した後自力で9年間生きたという。没年31歳。
2008年
【事故死】オベ・アンダーソン(Ove Andersson)【レーシングドライバー・レーシングチーム監督】ラリードライバーとして数々の大会に優勝。自らのチームであるアンダーソン・モータースポーツをトヨタが援助したことからトヨタ・チーム・ヨーロッパとして活動。2002年にはトヨタF1の初代代表に就任した。2008年に南アフリカで行われた「ミリガン・クラシック・ラリー」参戦中に事故死。没年70歳。
2009年
【早世】純恋【モデル】雑誌『小悪魔ageha』の読者モデルとして活躍したモデル。芸名は湘南の風のヒット曲『純恋花』から。2009年6月11日に脳出血で死亡。没年21歳。5月頃には止まない頭痛のために医者にかかったが、その診断は偏頭痛だったという。死後、地元の水沢で友人たちが出資した追悼花火大会が行なわれたことでも話題になった。
2015年
【死去】オーネット・コールマン(Ornette Coleman)【ミュージシャン/アメリカ】ジャズ・ミュージシャン、トランペット奏者。1960年代に発表した『ジャズ来るべきもの』『フリー・ジャズ』等の作品でフリー・ジャズの世界観を確立、その代表的アーティストとして、多くの音楽家へ多大な影響を及ぼした。20007年にピューリッツァー賞、グラミー功労賞を受賞。心停止で85歳没。