『誕生日の6月19日に発見された太宰治の遺体』※左写真は太宰治の黒マント姿

1943年6月13日は『人間失格』等の著作で知られる太宰治が愛人の山崎富栄とともに玉川上水で心中した日である。太宰は作家として知られる前から自殺未遂を繰り返しており、20歳の時にカルモチンで自殺未遂、21歳の時にカフェの女給であった人妻・田部シメ子と鎌倉の小動岬の海で入水心中未遂(田部シメ子のみ死亡)、26歳で東京新聞社の就職試験に落ちて首吊り自殺未遂、27歳で内縁の妻であった小山初代が浮気していたことを知って心中未遂と、4回の自殺未遂を起こしてからの5回目でやっと死亡となった。発見された遺体は、山崎富栄医と赤い糸で繋がっていたという。まさに《自殺に支配されたような人生》を送った太宰。一説にはこちらも自殺未遂の果てに自殺した芥川龍之介の自殺に影響を受けたとされるが、20世紀、文学者とは自殺しなければならない職業なのかと思われるほどの自殺件数を誇っている。

(写真はともにWikipedia Osamu Dazaiより。Public Domain)

6月13日の不幸

1年
準備中
1645年
【死去】宮本武蔵【剣術家】生涯不敗を謳われた伝説の剣豪。二本の刀を同時に使用する「二天一流兵法」の開祖。その極意を『五輪の書』として遺した。肺ガンのため61歳没。
1948年
【自殺】【心中】太宰治【小説家】『走れメロス』『人間失格』等数々のヒット作で知られる小説家。幾度の自殺未遂の果てに、愛人の山崎富栄とともに玉川上水で心中した。発見された遺体は、山崎富栄医と赤い糸で繋がっていたという。37歳没。
2009年
【事故死】三沢光晴【プロレスラー】全日本プロレスに入門、2代目タイガーマスクとして人気を博したレスラー。マスクを脱いだ後はジャンボ鶴田との世代抗争で同団体を牽引し、ジャイアント馬場亡き後はプロレスリング・ノアを立ち上げて独立。名実ともに日本のトップレスラーとしてプロレス界に君臨した。2009年6月13日の試合中に齋藤彰俊バックドロップを喰らい即死。死因は頸髄離断。業界一受け身の上手いレスラーとして知られた三沢らしからぬ悲劇だった。没年46歳。