『鶴田浩二のプロマイドと、田岡一雄らと写真に収まる鶴田浩二』

1987年は任侠映画の看板スターだった鶴田浩二が死亡した日である。二枚目のアイドル的人気を誇った20代を経て、1953年に三代目田岡一雄率いる暴力団・山口組の襲撃を受ける。この通称「鶴田浩二襲撃事件」を機に、神戸芸能社の社長であり美空ひばりの後援者であった田岡とは絆を深めたという。ちなみにその裏では、実行犯として逮捕された西本一三、鶴田のマネージャーであった兼松廉吉は、その後ともに怪死を遂げている。昨今の芸能界とは全く違う、一流スターと裏社会の繋がりが見てとれるような時代であったと言えよう。まさに、光と影、「古い奴だとお思いでしょうが……」の歌い出しで知られる自らのヒット曲『傷だらけの人生』を地でゆくような激動の人生である。

(写真はWikipedia 鶴田浩二より。Public Domain)

6月16日の不幸

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