『佐木隆三著「深川通り魔殺人事件」の表紙(1987年文藝春秋社刊)』

1981年6月17日は無職・川俣軍司による無差別殺人、通称「深川通り魔殺人事件」の起きた日である。東京都江東区森下の白昼11時頃を通行していた母子を含む4人が死亡、2人が重軽傷を負った。元寿司職人であり、元トラック運転手の川俣は、過去に傷害等で7度の逮捕歴を持った人物であり、覚醒剤を常用している人物であった。逮捕時の出刃包丁にハイソックス、白ブリーフという異様な出で立ちも手伝って、ビートたけしは率先してその事件を取り上げたが、その一方で、麻薬中毒患者のパブリックイメージを確立する一大事件となった。

6月17日の不幸

1年
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1981年
【無差別殺人】「深川通り魔殺人事件」東京都江東区森下の白昼11時頃を通行していた母子を含む4人が死亡、2人が重軽傷を負った。犯人の川俣軍司は元寿司職人であり、元トラック運転手で、過去に傷害等で7度の逮捕歴を持った人物であり、覚醒剤を常用している人物であった。逮捕時の出刃包丁にハイソックス、白ブリーフという異様な出で立ちも手伝って、ビートたけしは率先してその事件を取り上げたが、その一方で、麻薬中毒患者のパブリックイメージを確立する一大事件となった。
1982年
【怪死】ロベルト・カルヴィ(Roberto Calvi)【銀行家/イタリア】(つづきから)その不正融資の使途不明金が明るみに出た時には国外に逃亡していたが、1982年6月17日にロンドンのテムズ川にかかるブラックフライアーズ橋の下に死体がかけられていた。捜査の結果他殺と断定されたが、その犯人は不明。その後相次ぐ関係者が不審死を遂げたことでも闇の深い殺人事件である。
1982年
【怪死】ロベルト・カルヴィ(Roberto Calvi)【銀行家/イタリア】"教皇の銀行家"と呼ばれ、バチカンの資金管理銀行であったアンブロシアーノ銀行の頭取を務めた。イタリア・フリーメーソンのロッジP2の会員でもあり、そのジョン・F・ケネディからイタリア系マフィアまでという広い人脈を活かしてマフィア達と大規模なマネーロンダリングを行なっていたとされている。(つづく)
1994年
【殺人事件】「O・J・シンプソン逮捕」元妻とその友人の殺人事件の容疑者として殺人罪に問われ、逮捕令状が降りたが、直前で友人の車で逃走。2時間もの高速道路を使ったカーチェイスの果てに逮捕された。全米で生中継されたこの映像は衝撃ニュースとして瞬く間に世界を駆け巡った。
2002年
【死去】フリッツ・ヴァルター(Friedrich "Fritz" Walter)【サッカー選手/ドイツ】地元のクラブであった1.FCカイザースラウテルンで活躍したサッカー選手であり(生涯ゴール数357)、1954年開催のワールドカップ・スイス大会で初優勝を飾ったドイツ代表のキャプテン。81歳没。
2007年
【死去】ジャンフランコ・フェレ(Gianfranco Ferré)【ファッションデザイナー/イタリア】自身の名を冠したブランドで知られるミラノ出身の世界的有名デザイナー。1989年〜1996年にかけてはクリスチャン・ディオールのデザイナーも務めた。脳出血で62歳没。
2008年
【死刑】宮崎勤【猟奇殺人犯】(つづきから)不安定な発言の数々から精神鑑定が為されたが、責任能力はあったと判断され、本人は絶えずその恐怖を公言していた絞首刑での死刑となった。没年45歳。ちなみに1994年に実父が自殺している。
2008年
【猟奇殺人】【死刑】宮崎勤【殺人犯】4〜7歳の4人の幼女を誘拐、強制わいせつ、殺害をした「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」(1988年)の犯人。5人目の犯行の最中にその父親に取り押さえられ、逮捕された。4人目の被害者の人体を食べたことでも、その特異な性癖がクローズアップされた。さらに逮捕後にビデオコレクターであったことが話題となり、その所持している残酷ビデオの影響を疑う声も上がり、社会問題化した。(つづく)