『ジョン・アキ=ブアのポートレイト』

1997年6月20日は、ウガンダ初のオリンピック金メダリストとして知られる陸上選手のジョン・アキ=ブアが死亡した日である。
1972年のミュンヘンオリンピックの男子400メートルハードルに出場したアキ=ブアは、完全なダークホースながら決勝にまで辿り着き、1レーンから、当時世界新記録となる47秒82を叩き出し、見事金メダルを獲得した。
その功績により、時のウガンダ共和国大統領であった“人食い大統領”ことイディ・アミンは彼に家を与え、国家の英雄として喧伝したが、北部ランゴ族というその出自のために1977年に開始した異部族狩りの対照として見なされ、突如として投獄、そして拷問にまであったとされている。
その状態から逃げ出すために家族とケニヤの難民キャンプに身を隠したアキ=ブアは、ドイツのスポーツメーカーであるプーマ社に助けられ、ドイツに渡り同社で働きながら選手生活を続けられることとなった。
その間にアミン大統領は失脚したために、無事ウガンダに帰国したアキ=ブアは、同国で指導者となった。
ウガンダで走ることの象徴ともいえる存在であったアキ=ブアは、1997年の死亡時には国葬を挙げられる名誉に浴しながらこの世を去った。
現在、FIFAワールドカップが行なわれ、多くの国民的英雄が誕生し続けている真っ最中であるが、かつてのアキ=ブアのように、権力に翻弄される人生を送った英雄たちの存在を、我々は忘れるべきではないだろう。

(画像はWikipedia John Akii-Buaより。Public Domain)

6月20日の不幸

1549年
【自然災害】「デラ台風」

鹿児島県鹿児島市に上陸し九州を縦断した最大風速38メートルの「デラ台風(国際名Della)」の影響で、死者252人、行方不明者216人、負傷者367人。「梅雨期に台風は来ない」という言い伝えのために油断していたということもあり、甚大な被害が発生した。

1810年
【暗殺】ハンス・アクセル・フォン・フェルセン(Hans Axel von Fersen)【貴族/スウェーデン】

当時のスウェーデン王グスタフ3世の寵臣であり、フランス王妃、マリー・アントワネットの愛人として知られたスウェーデンの貴族。生涯誰とも結婚することなく、マリー・アントワネットひとりにその愛を貫いていたと言われている。帰国するも、フランス革命勃発時に再びパリへ向かい、1791年6月20日早朝にマリー・アントワネットとその夫、フランス国王ルイ16世を亡命させる『ヴァレンヌ事件』の主謀者となるがが失敗。帰国後国政に参加するものの、1810年6月20日にカール・アウグスト王太子の葬儀を任された際に民衆により撲殺された。没年54歳。ちょうど『ヴァレンヌ事件』から20年後の悲劇であった。民衆との関係悪化が原因であったとされ、周囲にも見殺しにされたといわれている。

1869年
【戦死】【夭折】土方歳三【志士・幕臣】

新選組副長。新撰組局長であった近藤勇の右腕としてその武勇を轟かせ、数々の暗殺を成し遂げた土方は、新撰組内に厳格な起立を徹底し敵味方ともに震え上がらせた。戊辰戦争のさなかに函館五稜郭で狙撃されて死亡。没年34歳。

1959年
【死去】芦田均【外交官・政治家】

外交官から転じて政治家となり、第47代内閣総理大臣を務めた他、厚生大臣、外務大臣、副総理等を歴任した人物。現職衆議院議員のまま、悪性肉腫により71歳没。

2003年
【猟奇殺人】「福岡一家4人殺害事件」

福岡市東区に住む松本真二郎とその妻、子供2人の一家4人が殺害された事件。博多湾に手錠をかけられて沈められた遺体が発見された。中国人留学生の3人による犯行で、強盗目的と言われているが、現場から持ち去られた現金は4万円ほどということもあり、その他の犯行動機が憶測を呼んでいる。犯行グループの2名は中国帰国後に逮捕(楊寧は2005年に死刑執行。王亮は遼寧省遼陽市人民検察院により無期懲役)。 日本で逮捕起訴された魏巍は死刑判決が確定し服役中。

2004年
【死去】早坂茂三【政治評論家・政治秘書】

田中角栄の政務秘書を23年間務め、田中の掲げた『日本列島改造論」の名付け親として知られる人物。1985年に田中が脳梗塞で倒れると娘の眞紀子とその治療方針を巡って対立し、罷免された。その後は政治評論家に転身し、以降、多くの著書を残した。肺ガンで73歳没。

2005年
【死去】ジャック・キルビー(Jack St. Clair Kilby)【電子技術者・教育者/アメリカ合衆国】

テキサス・インスツルメンツ社勤務時代にIC(集積回路)を発明した電子技術者。電卓やサーマルプリンターの発明者としても知られており、2000年にはIC発明の功績によりノーベル物理学賞を受賞した。ガンにより81歳没。

2015年
【急死】貴ノ浪貞博【大相撲力士・指導者】

元大関貴ノ浪、引退後は音羽山親方。現役時代は若・貴兄弟全盛という藤島部屋黄金期にあって、196センチという日本人離れした長身を活かして大関にまで登り詰めた。幕内最高優勝2回。2006年1月末に心房細動、敗血症、重症肺炎を併発し緊急入院。一時は心停止するほどの危機を迎えたが見事復活。しかし2014年から胃ガンを患い、2015年6月20日に出張先の大阪のホテルで死亡していた。死因は急性心不全。没年43歳。

2016年
【死去】佐々木行【歌手】

ロシア歌謡『ともしび』や『雪山讃歌』『山男の歌』等、数々のヒット曲を連発した男性歌唱グループ「ダークダックス」のメンバーで、主にメロディーを担当。1997年末に一過性脳虚血発作で倒れ、その後は鬱病を発症。さらに、脳梗塞の後遺症が残ったために以降は療養に努めていたが、同メンバーの喜早哲が2016年3月26日に死亡したことに続くように、同年6月20日に心不全で84歳没。