『1943年に撮影されたジュディ・ガーランドの宣材写真』

1969年6月22日は映画『オズの魔法使い』のドロシー役で知られるジュディ・ガーランドが薬物の過剰摂取で死んだ日である。13歳のデビュー当時からプロデューサーと肉体関係になるなど、ハリウッドの犠牲になった女優として知られ、『オズの魔法使い』を始めとしたミュージカル映画で活躍した少女時代には既にセックスとドラッグに溺れる毎日だった。生涯を通じての薬物中毒、5度の結婚、数え切れない自殺未遂を起こすという激し過ぎる人生の果てに、滞在中のロンドンのバスルームで、睡眠薬の過剰摂取で死亡。ちなみに、映画『キャバレー』でスターとなった娘のライザ・ミネリも、薬物中毒の道を歩んだ。また、生前は様々な性嗜好を持った女性としても知られており、そのひとつにバイ・セクシュアルであったことが有名である。そのため、レズビアンの隠語として同性愛者を「ドロシー」と読んだり、LGBTの象徴であるレインボーカラーは、彼女が『オズ〜』の劇中で歌った『Over the Rainbow』からきているといわれている。

(写真はWikipedia ジュディ・ガーランドより。Public Domain)

6月22日の不幸

1年
準備中
1969年
【自殺】【薬物過剰摂取】ジュディ・ガーランド(Judy Garland)【女優/アメリカ】『オズの魔法使い』のドロシー役で知られるハリウッド黄金期を代表する女優。娘は女優・歌手のライザ・ミネリ。13歳当時からプロデューサーと肉体関係になるなど、ハリウッドの犠牲になった女優として知られ、ミュージカル映画で活躍した少女時代には既にセックスと薬物に溺れる毎日だった。5度の結婚、数え切れない自殺未遂を起こすという激し過ぎる人生の果てに、睡眠薬の過剰摂取で死亡。自殺と言われている。没年47歳。