『ドロシーの愛犬トトと写るジュディ・ガーランド(映画「オズの魔法使」の宣材写真)』

1969年6月22日は映画『オズの魔法使』のドロシー役で知られるジュディ・ガーランドがバルツビールの過剰摂取で死亡した日である。
13歳のデビュー当時からプロデューサーと肉体関係になるなど、ハリウッドに人生を捧げた女優として知られ、『オズの魔法使』を始めとしたミュージカル映画で活躍した少女時代には既にセックスとドラッグに溺れる毎日だった。生涯を通じての薬物中毒、5度の結婚、数え切れない自殺未遂を起こすという激し過ぎる人生の果てに、滞在中のロンドンのバスルームで、向精神薬バルツビールの過剰摂取で死亡した。ちなみに、映画『キャバレー』でスターとなった娘のライザ・ミネリも、後に薬物中毒の道を歩むこととなる。また、生前は様々な性嗜好を持った女性としても知られており、そのひとつにバイ・セクシュアルであったことが有名である。そのため、レズビアンの隠語として同性愛者を「ドロシー」と呼んだり、LGBTの象徴であるレインボーカラーは、彼女が『オズ〜』の劇中で歌った『Over the Rainbow』からきているともいわれている。悲劇的とすら言われるその奔放な人生は、その死後、多くの人々のプライドともなっている。まさにまばゆい栄光と深い影が交錯する、スターと呼ぶに相応しい複雑な人生を送った女優である。

(写真はWikipedia Judy Garlandより使用。Public Domain)

6月22日の不幸

1908年
【政治事件】「赤旗事件」

1908年6月22日、東京・神田にあった映画館「錦輝館」に社会主義者が集い行なわれた山口孤剣の出獄歓迎会において、路上に出た参加者たちに待ち受けていた警官隊が逮捕。荒畑寒村、大杉栄ら社会主義運動の指導者たちが一挙に逮捕された事件。掲げていた赤旗を奪おうとしたために「赤旗事件」と呼ばれた。

1925年
【死去】フェリックス・クライン(Felix Christian Klein)【数学者・教育者/ドイツ】

群論と幾何学、関数論などの発展に絶大な貢献を果たした数学者。位相幾何学に用いられる『クラインの壺』の考案者としても知られる。長らく大学で教鞭を執ったゲッティンゲンにて76歳没。

1941年
【死去】佐藤功一【建築家・教育者】

早稲田大学に建築科を創設したことで知られ、日比谷公会堂や早稲田大学の大隈講堂の設計に携わった建築家。62歳没。

1946年
【皇室問題】「プラカード事件」

日本共産党員・松島松太郎が1946年5月19日の食糧メーデーに掲げた「ヒロヒト 詔書 曰ク 国体はゴジされたぞ 朕はタラフク食ってるぞ ナンジ人民 飢えて死ね ギョメイギョジ」「働いても 働いても 何故私達は飢えねばならぬか 天皇ヒロヒト答えて呉れ 日本共産党田中精機細胞」のプラカードが不敬罪に問われた事件。後の公判で不敬罪は成立したものの大赦が認められ不処罰となった。

1965年
【死去】デヴィッド・O・セルズニック(David O. Selznick)【映画プロデューサー/アメリカ合衆国】

メトロ・ゴールドウィン・メイヤー、パラマウント映画、RKOと当時のメジャー映画会社を渡り歩き、『キング・コング』 『風と共に去りぬ』『レベッカ』等の映画史に残る名作でプロデューサーを務めた人物。作品の実制作に口を出すプロデューサーとして有名で、晩年はそのやり方を若い世代から疎まれ経済的に困窮することとなった。心臓発作で63歳没。

1969年
【怪死】【薬物過剰摂取】ジュディ・ガーランド(Judy Garland)【女優・歌手/アメリカ合衆国】

『オズの魔法使』のドロシー役で一躍大スターとなったハリウッド黄金期を代表する女優、歌手。娘は女優・歌手のライザ・ミネリ。13歳当時からプロデューサーと肉体関係になるなど、ハリウッドの犠牲になった女優として知られ、ミュージカル映画で活躍した少女時代には既にセックスと薬物に溺れる毎日だった。私生活ではバイセクシュアルであり、5度の結婚、数え切れない自殺未遂を起こすという激し過ぎる人生の果てに、滞在先のロンドンで向精神薬バルツビールの過剰摂取で死亡。半ば自殺であったとみられている。没年47歳。

1972年
【表現規制】「四畳半襖の下張事件」

永井荷風作と言われる小説『四畳半襖の下張』を掲載した野坂昭如責任編集の月刊誌『面白半分』1972年7月号(株式会社面白半分刊)が、刑法175条猥褻文書販売の容疑で発売禁止に。後に行なわれた公判により第一審、野坂に罰金10万円、同社佐藤嘉尚社長に罰金15万円が言い渡された。

1986年
【スポーツスキャンダル】「マラドーナの神の手事件」

FIFAワールドカップメキシコ大会の準々決勝で、アルゼンチン代表チームの絶対的エース、ディエゴ・マラドーナが後半4分にヘディングに模した"神の手"を使い、イングランド代表チームからゴール。イングランドチームはハンドをアピールしたが審判には認められずゴールは有効に。試合後にマラドーナはその行為を「La Mano de Dios(神の手)」と表現した。ちなみに試合はその4分後に生まれたマラドーナの世紀のゴール、「5人抜き」が決勝点となり2対1でアルゼンチン代表がイングランド代表に勝利した。

2009年
【製造終了】「コダクローム製造打ち切り」

アメリカを代表する世界的フィルムメーカー「イーストマン・コダック」が、同社の代表的商品であったリバーサルフィルムの「コダクローム」の製造停止を発表。20世紀のメディアを牽引したフィルム時代の終焉を象徴するニュースとなった。

2010年
【無差別殺人事件】【模倣犯】「マツダ本社工場連続殺傷事件」

広島県広島市南区にあるマツダ宇品工場に、6月14日に自己都合退職した同社元期間社員の引寺利明が自動車で突入。8分間で約9キロを暴走し、出勤途中の社員を次々はねた無差別殺人事件。死亡した浜田博志の他、11人に重軽傷を負わせ、逃走後に自ら通報し現行犯逮捕となった。逮捕後の供述で2008年6月8日に発生した「秋葉原通り魔事件」を模倣したと供述している。のように後の公判で無期懲役が確定している。