『瀧廉太郎のポートレート』

1903年6月29日は日本を代表する作曲家・瀧廉太郎がたった23歳で早世した日である。
明治時代に日本人オリジナルのクラシック作品をいち早く手がけ、代表曲『荒城の月』『お正月』『雪やこんこん』等で幅広い年齢層に親しまれた。1901年4月にはドイツのベルリンに音楽留学したが、5カ月後には肺結核が発症し帰国。帰国後は父の故郷である大分で療養したが23歳で早世した。結核の伝染を考慮し、死後多くの作品が焼却されたという。

(画像はWikipedia 瀧廉太郎より。Public Domain)

6月29日の不幸

1903年
【早世】滝廉太郎【作曲家】明治時代に日本人オリジナルの作曲をいち早く手がけたクラシックの作曲家。代表曲『荒城の月』『お正月』『雪やこんこん』等で幅広い年齢層に親しまれた。ドイツのベルリンに留学したが、5カ月後に肺結核が発症し帰国。帰国後は父の故郷である大分で療養したが23歳で早世した。結核の伝染を考慮し、死後多くの作品が焼却されたという。
1941年
【死去】イグナツィ・パデレフスキ(Ignacy Jan Paderewski)【ピアニスト・作曲家・政治家/ポーランド】

1980年末から1990年代前半にかけて、パリ、ロンドン、アメリカで絶大な成功を収めた天才ピアニストであり、演奏活動をしなくなった1900年以降は政治活動に身を投じ、第一次世界大戦後の新生ポーランド政府において、ポーランド第二共和制第3代首相兼外務大臣となった人物。1922年に政治活動を引退した演奏活動に戻ったが、1940年にポーランド国家評議会なるポーランド亡命政府の指導者として復帰。演奏活動でその活動資金を得ていたが、公演先のニューヨークで死亡した。80歳没。

1967年
【死去】プリモ・カルネラ(Primo Carnera)【プロボクサ/イタリア】

205センチ120キロという巨体を活かし、1934年に世界ヘビー級王座を獲得したイタリア人ボクサー。2004年のニコライ・ワルーエフによる王座獲得まで、長きにわたり最重量の世界チャンピオンとして知られた。1941年からはプロレスラーに転身しNWAなどに参戦、ルー・テーズとしのぎを削るなどして米マットで活躍し、ヨーロッパ、日本にも転戦、力道山とも対戦をした。ハンフリー・ボガード主演の映画『殴られる男』の原作、バッド・シュールバーグの小説のモデルとなった人物としても知られている。糖尿病の合併症による肝臓病で死去。没年60歳。

2003年
【死去】キャサリン・ヘプバーン【女優/アメリカ合衆国】

『Morning Glory(勝利の朝)』(1933年)、『Guess Who's Coming to Dinner(招かれざる客)』(1967年)、『The Lion in Winter(冬のライオン)』(1968年)、そして『On Golden Pond(黄昏)』(1981年)で史上唯一の4度のアカデミー賞主演女優賞を獲得した20世紀のアメリカを代表する演技派女優。1962年の『Long Day's Journey Into Night(夜への長い旅路)』では同年のカンヌ国際映画祭女優賞も獲得している。老衰のため93歳没。

2009年
【死去】エドワード・ヤン(楊德昌/Edward Yang)【映画監督/台湾】

上海で生まれ、台湾に移住。アメリカ留学から帰国後映画監督として活動し、『獨立時代(エドワード・ヤンの恋愛時代)』『麻將(カップルズ)』等の代表作で侯孝賢とともに台湾ニューシネマの旗手といわれた。2000年の『一一(ヤンヤン 夏の想い出)』でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞。そのあたりからガンを発症し、療養を続けたが2007年6月29日、アメリカ・ビバリーヒルズの自宅にて結腸ガンの合併症で死亡没年59歳。

2012年
【死去】地井武男【俳優】『北の国から』『太陽にほえろ!』『時間ですよ』等、数多くのテレビドラマで活躍した名脇役。晩年はその趣味を活かし『ちい散歩』なる内容は"ただ散歩するだけ"というテレビ的に画期的な看板組を得て、お茶の間の人気者となった。2012年1月に心臓疾患で入院後は休養、その約半年後に死不全で死亡した。没年70歳。