『放火により焼失した天守連立城郭跡』

1933年7月9日は連続放火魔、古川義雄により愛媛県の重要文化財である松山城が放火され大部分を消失させられた日である。
西日本から沖縄までの神社・学校・教会・寺院・城郭・旅館と、45度の放火をして回ったという古川は、「火を見ると興奮する」「命ある限り放火する」という妄執にとらわれた放火魔であった。1936年に愛媛県宇和島市にある宇和島城を放火しに来たところを逮捕。梅毒に罹っていた古川の膿が現場に残っていたことから熊本県警が特定しての逮捕となった。その後古川は1939年9月15日に広島刑務所で死刑に。

(画像は「松山観光ボランティアガイドの会」よりhttp://www.matsuyama-guide.jp/modules/myalbum/photo.php?lid=84&cid=9より)

7月9日の不幸

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