『放火により焼失した天守連立城郭跡』

1933年7月9日は連続放火魔、古川義雄により愛媛県の重要文化財である松山城が放火され大部分を消失させられた日である。
西日本から沖縄までの神社・学校・教会・寺院・城郭・旅館と、45度の放火をして回ったという古川は、「火を見ると興奮する」「命ある限り放火する」という妄執にとらわれた放火魔であった。1936年に愛媛県宇和島市にある宇和島城を放火しに来たところを逮捕。梅毒に罹っていた古川の膿が現場に残っていたことから熊本県警が特定しての逮捕となった。その後古川は1939年9月15日に広島刑務所で死刑に処されたが、犠牲者の出ていない放火事件で死刑になるという希有な例として歴史に名を残している。

(画像は「松山観光ボランティアガイドの会」よりhttp://www.matsuyama-guide.jp/modules/myalbum/photo.php?lid=84&cid=9より)

7月9日の不幸

1922年
【死去】森鴎外【小説家・医師】

東京大学医学部卒業後、軍医となりドイツに留学。帰国後にその海外経験を活かした小説『舞姫』を発表し、文筆活動を開始。陸軍省医務局長を務めつつ並行して作家活動を続け、晩年は帝室博物館総長、帝国美術院初代院長を務めた。腎萎縮、肺結核で60歳没。遺言の冒頭で「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」と記し、その墓碑銘には「森林太郎墓」と刻まれている。

2012年
【死去】山田五十鈴【女優】

戦前戦後に活躍し水谷八重子、杉村春子とともに"三大女優"と呼ばれた昭和初期を代表する国民的女優。代表作に小津安二郎監督の『東京暮色』、黒澤明監督の『蜘蛛巣城』『どん底』『用心棒』、市川崑監督の『ぼんち』、ドラマ『必殺仕事人』シリーズ等人気作品多数。私生活では4度の結婚をしたことでも知られ、最初の夫である月田一郎との間に生まれた娘に女優の嵯峨三智子がいる。晩年は自宅を引き払い帝国ホテルで生活し、2002年4月に脳梗塞を患い、以降は療養に努め、2012年7月9日に多臓器不全で死亡。没年95歳。

2013年
【死去】吉田昌郎【会社員・技術者】

2011年3月11日に起きた東日本大震災の発生時に福島第一原子力発電所所長を務めていた人物であり、その後の収束作業を陣頭指揮指揮したことで知られ、独断で海水を注入するなど、賛否両論を招きつつも自らの判断で事態の収束にあたった。2011年11月に行なった人間ドックで食道ガンが発見され同月24日に入院。12月1日に所長職を退任し、翌年切除手術を受けたが2013年7月9日に死亡。没年58歳。ガンと放射線被爆量が話題となったが、その因果関係は明らかになっておらず、複数の医師がその極度のストレスを原因として挙げている。