『1950年頃のトニー谷』

1955年7月15日は、終戦直後の日本を代表するコメディアン、トニー谷の長男が誘拐された日である。“ざんす”を語尾に付けそろばんを楽器にする奇異なキャラクターで一世を風靡し、傲慢で人を喰った物言いで徹底的に世間の嫌われもの(赤塚不二夫作『おそ松くん』のキャラクター、イヤミのモデルになったほど)を演じていたトニーの長男、正美(6歳)が、長野県の雑誌編集者、宮坂忠彦(33歳)に誘拐されたた事件。資金繰りに窮していた宮坂が数ある著名人の中からトニーを選んだのは、、トニーの人を小馬鹿にした芸風を腹立たしく思っていたが故だったという。そして6日後、トニーに扮した捜査官が身代金のやりとりの際に犯人逮捕、無地救出となったが、結果的にテレビ報道で“普段の顔”をかなぐり捨てた涙ながらの懇願を見せたトニーの人気は凋落。ジャーナリストの大宅壮一を始め、その芸風と普段の傲慢な振る舞いが招いた自業自得の事件だったと批判するものが続出した。その一方で、丁寧に息子を扱ってくれたとして、後日トニーは犯人の宮坂に金銭と衣類を送ったといわれている。

(写真は山下武著『大正テレビ寄席の芸人たち』東京堂出版刊より)

7月15日の不幸

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