『インタビュー中のクリスティン・チュバック』

1974年7月15日は、 米WXLT-TVのニュース番組「サンコースト・ダイジェスト」のニュースレポーターを務めていたクリスティン・チュバックがその生放送中に拳銃自殺をした日である。
生前、酷い鬱病を患っていたチュバックは、死の3週間前に鬱病の特集を組むことをディレクターに提案していたばかりであった。
そしてテレビ史上でも唯一といわれる拳銃自殺を、生放送の最中に遂げたのである。
彼女の最後の言葉は「チャンネル40の方針に従い、私たちは最新の“血と魂”を鮮明な映像でお届けしてまいりました。そして、次にお届けするのは——最初の自殺映像です。」であった。
その言葉を終えると、彼女は引き金を自らの右耳に向かって引いたのであった。
この衝撃的に過ぎる自殺中継とともに、29歳のニュースキャスターは、はアメリカ人の記憶の中で永遠に残っている。
果たしてそれは、彼女が絶えず苛まれてきた孤独から、彼女を解放してくれたのだろうか?

(写真はWikipedia Christine Chubbuckより使用)

7月15日の不幸

1904年
【死去】アントン・チェーホフ(Anton Pavlovich Chekhov)【小説家・劇作家/ロシア】

『かもめ』『ワーニャ伯父さん『三人姉妹『桜の園』等に代表される作品で知られ、アメリカ、イギリスを始めとした世界中の演劇界に絶大な影響を与えたロシアを代表する戯曲作家。ロシア大学医学部を卒業した医師としても活動していたことでも知られている。最後の作品となった『桜の園』が初演された直後の6月に結核の療養のためドイツ・バーデンワイラーに移ったが、翌7月15日に死亡。44歳没。

1919年
【自殺】 エミール・フィッシャー(Hermann Emil Fischer)【化学者/ドイツ】

エステル合成法(フィッシャーエステル合成反応)を発見するなど、有機化学の分野で目覚ましい功績を残した化学者。1902年に「糖類およびプリン誘導体の合成」を評価されノーベル賞を受賞。3人の息子のうちひとりが第一次世界大戦で戦死、もうひとりが徴兵訓練中の1919年に自殺し、その直後に自らも自殺を遂げた。没年66歳。長男ハーマン・オットー・ローレンツ・フィッシャーはアメリカのバークレイ大学で化学の教授として務めた。

1940年
【早世】【死去】 ロバート・ワドロー(Robert Pershing Wadlow)【旅芸人/アメリカ合衆国】

死亡直前の測定で272センチという記録を残した、有史以来、世界一身長の高い人物。巨人症、脳下垂体腫瘍により死ぬまで身長は伸び続け、納棺時の測定では非公式ながら274センチであったといわれている。敗血症により22歳没。

1955年
【身代金誘拐事件】「トニー谷長男誘拐事件」

1955年7月15日に終戦直後の日本を代表するコメディアン、トニー谷の長男、正美(当時6歳)が、長野県の雑誌編集者、宮坂忠彦(33歳)に誘拐されたた事件。資金繰りに窮していた宮坂が数ある著名人の中からトニーを選んだのは、、トニーの人を小馬鹿にした芸風を腹立たしく思っていたが故だったという。そして6日後、トニーに扮した捜査官が身代金のやりとりの際に犯人を逮捕、息子は無事救出となった。結果的にテレビ報道で"普段の顔"をかなぐり捨てた涙ながらの懇願を見せたトニーの人気は凋落し、その一方で、丁寧に息子を扱ってくれたとして、後日トニーは犯人の宮坂に金銭と衣類を送ったといわれている。

1974年
【自殺】クリスティーン・チュバック(Christine Chubbuck)【アナウンサー・レポーター/アメリカ合衆国】

米WXLT-TVに所属し、ニュース番組「サンコースト・ダイジェスト」のニュースレポーターを務めていた人物。晩年は酷い鬱病を患い、そしてテレビ史上でも唯一といわれる拳銃自殺を、生放送の最中に遂げた。没年29歳。彼女の最後の言葉は「チャンネル40の方針に従い、私たちは最新の"血と魂"を鮮明な映像でお届けしてまいりました。そして、次にお届けするのは----最初の自殺映像です。」であった。

1997年
【殺人事件】ジャンニ・ヴェルサーチ(Gianni Versace)【ファッションデザイナー/イタリア】

いくつかのブランドで働いた後、1978年にブランドを立ち上げ独立し、1990年代以降のスーパーモデルブームを牽引するなど、長年にわたり世界のファッション界の最前線に君臨したイタリアを代表するファッションデザイナー。バロック、ロココ等のルネサンス期の柄が特徴的なド派手なプリント作品や、スターが身にまとうようなオートクチュールのドレスがセレブリティを中心に爆発的な人気を獲得した。、1997年7月15日にマイアミの別荘の入り口で、ゲイの高級男娼、アンドルー・クナナンによって射殺された。没年50歳。クナナンはそれ以前にも2人の男性を殺した殺人犯であり、ヴェルサーチ射殺後の7月23日に警察に包囲され自殺。ジャンニと交際していたという噂もあるが、その真相は定かではない。