『ホロフェルネスの首を斬るユディト』カラバッジオ画(1598年〜1599年頃の作品)

1610年7月18日はルネサンス期直後に活躍しバロック画の礎を築いた画家=カラバッジオの死亡した日である。人間の肉体を写実的に描き出した作品は時として残酷なほどのドラマ性とリアリティを帯びたものであったが、カラバッジオの私生活もドラマ性に事欠くことはなく、常に争いごとの渦中にいたタイプであったとされた。その最悪のエピソードとしては、乱闘中に殺人を犯してしまったというものである。1606年5月29日に、ラヌッチオ・トマゾーニなる若者を殺してしまったカラバッジオはローマを脱出し、ナポリに拠点を移したといわれる。その前にも投獄や脱獄、死刑宣告などといった負の武勇伝には事欠かない。そのため、没後の評価はあまり高いものではなく、イタリアの紙幣にその顔が採用されることになった際には、“人殺しの顔を紙幣にするのはいかがなものか”という声も多数上がったほど。しかし、20世紀になってその美術面での功績が再評価され、いまやバロック最大の画家とも呼ばれている。今回掲載した『ホロフェルネスの首を斬るユディト』をして、《人殺しが描いた人殺しの絵》と言うのは簡単なことである。果たして、《芸術家にモラルは必要なのか》——その大きな命題を考えるにあたり、カラバッジオの人生ほど有用な教材も存在しないであろう。

(Wikipedia Caravaggioより。Public Domain)

7月18日の不幸

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