『ノルウェー連続テロ事件での爆発から31分後のオスロ市街』

2011年7月22日はノルウェーのキリスト教原理主義者、アンネシュ・ブレイビクが「オスロ政府庁舎爆破事件」と「ウトヤ島銃乱射事件」を立て続けに起こし、爆破で8人、銃乱射で69人、両事件合わせて77人を殺害した単独犯行での世界最多殺人事件である(2位は韓国のウ・ポムゴンによる事件)。自動車に仕掛けた多量な爆弾で政府庁舎を爆破したが、この日はサマーバケーションに入っていたために犠牲者は少なくてすんだという。その後警官の制服に着替えてタクシーとボートでウトヤ島に渡ったブレイビクは、ノルウェー労働党青年部の集会に乗り込み、捜査の振りをして整列をさせたあとに片っ端から射殺していったという。政治的信念を持ち、Twitterやネット上で犯行声明を出した上での凶行であったために逮捕後の本人は無罪を主張。その後に統合失調症であると診断されたために無罪になりかけたブレイビクだったが、検察側の控訴の結果、2012年8月23日に禁錮最低10年、最長21年の判決が下された。ノルウェーにおける最高刑であるが、事件のあまりの非道さに法改正の後に死刑を求める声も上がっている。

(Wikipedia 2011 Norway Attackより。Public Domain)

7月22日の不幸

1979年
【自殺】【怪死】シャーンドル・コチシュ(Kocsis Sándor)【サッカー選手/ハンガリー・スペイン】

1950年代前半に無敵を誇り"マジック・マジャール"の名で恐れられたハンガリー代表の中心選手であり、1954年開催ワールドカップ・スイス大会で11得点を挙げて得点王を獲得したフォワード。ハンガリー動乱を免れてスペインに亡命、以降はFCバルセロナの中心選手として活躍した。晩年は胃ガン、アテローム性動脈硬化を患い、左足を切断するなど壮絶な人生を歩み、1979年7月22日に病院から転落死。詳細は明らかになっていないものの、飛び降り自殺だったという見方も強い。没年49歳。

2009年
【急死】アベフトシ【ミュージシャン】

「THEE MICHELLE GUN ELEPHANT」のギタリストとして活躍したロック・ミュージシャン。2003年に同バンドを解散して以降はト「KOOLOGI」「CARRIE」等のバンドに参加し、その後は故郷に戻り音楽から離れた生活を送るなどしていた時期もあったが、2009年未明に急性硬膜外血腫で死去。没年42歳。

2011年
【大量殺人】【テロ】「ノルウェー連続テロ事件」

ノルウェーのオスロとウトヤ島で、キリスト教原理主義者、アンネシュ・ブレイビクが「オスロ政府庁舎爆破事件」と「ウトヤ島銃乱射事件」を立て続けに起こし、爆破で8人、銃乱射で69人、両事件合わせて77人を殺害。現在までのところ、単独犯行での世界最多殺人事件。その後の公判によりブレイビクには禁錮最低10年、最長21年の判決が下された。