『2007年6月29日にフランスで開催された「ユーロケン」のステージでのエイミー・ワインハウス』

2007年7月23日は、エイミー・ワインハウスがアルコールの過剰摂取で死亡した日である。
2011年6月のセルビアで行なった自身のコンサートで泥酔のあまり中断、それ以降のヨーロッパツアーを全てキャンセルし、療養をしていたところの訃報だった。元々ドラッグとアルコールの中毒だった彼女はリハビリを繰り返しその作品に反映するなど、依存症と闘いながら素晴らしい作品を残したアーティストであったが、27歳と312日で亡くなったということで、他の多くのロックスターと同じように、彼女も『27 Club』の一員となった。生前、その“不幸のクラブ”については彼女自身も認識し、恐れていたことであったが、まるで魅入られたかのように、その運命から逃れることはできなかった——。

(画像はWikipedia Amy Winehouseより)

7月23日の不幸

1948年
【死去】D・W・グリフィス(David Wark Griffith)【映画監督/アメリカ合衆国】

アメリカ初の長編映画といわれる1915年の『國民の創生』や『イントレランス』で知られ、数々の映画文法を確立した人物として"映画の父"と呼ばれる映画監督。1931年の『苦闘』を最後に監督業を引退し、晩年は飲酒に溺れる日々を送った。ロサンゼルスのホテルに滞在中に脳溢血で死亡。没年73歳。

1981年
【死去】田岡一雄【ヤクザ・実業家】

二代目山口組の組員として数々の武勇を誇り、1946年に山口組三代目組長を襲名した人物。港湾労働の管理と、美空ひばり・田端義夫らを擁した神戸芸能社を通じての興行で強固な財源を確保し、襲名時は30人程度だった山口組を日本で最も有力な暴力団へと巨大化させた。急性心不全で死亡。没年68歳。

2011年
【暗殺】村崎百郎【ライター・作家・編集者】

ペヨトル工房の編集者から独立し、1990年代の鬼畜本ブームにあって"鬼畜系ライター"として活躍した人物。代表作『鬼畜のススメ』『電波系』で"鬼畜系""電波系"という言葉を定着させた人物としても知られている。妻はマンガ家の森園みるく。2010年7月23日午後5時頃に自宅に侵入してきた無職・吉本敏洋(32歳)に全身を滅多刺しにされ刺殺された。没年推定49歳。村崎の愛読者だという吉本は統合失調症との診断を受け無罪に。当初は根本敬を当初殺害する予定だったいわれている。村崎は死の一週間前から自身の殺害を予言しており、生命保険にも加入していた。

2011年
【急死】【早世】エイミー・ワインハウス(Amy Jade Winehouse)【歌手/イギリス】

2003年の『フランク』でデビューするなりイギリス国内で67万枚以上の売り上げを記録しスターに登り詰めたソウル、R&Bの歌手。ハスキーな歌唱と全身のタトゥーが特徴のファッション・アイコンとしても絶大な影響力を誇った。私生活でも薬物やアルコールの中毒症や薬物不法所持での逮捕など、荒廃した生活を送っていたことでも知られ、その影響はライブでのコンディション悪化という形で影響を与え続けていた。しかし2008年にはその厚生施設での日々を元に作り上げたアルバム『リハーヴ』がグラミー賞で年間最優秀レコード賞、年間最優秀アルバム賞、年間最優秀楽曲賞、最優秀新人賞、最優秀女性ポップ・ボーカル・パフォーマンス賞を受賞、シンガーとして世界的人気を獲得することに繋がった。2011年頃からはライブ活動にも問題をきたし始め、同年7月23日にロンドン・カムデンの自宅で死亡しているところを発見された。死因は致死量の摂取によるアルコール中毒と断定された。没年27歳。