『芥川龍之介の肖像』

1927年7月24日は作家の芥川龍之介が服毒自殺した日である。
この年の1月には妻の友人であった平松麻素子とプラトニックな関係のまま帝国ホテルで心中しようとしたが失敗。そこから約半年後に田端にあった自宅の部屋で服毒自殺を遂げた。その時に飲んだものは恐らくはベロナール、ジェノアル等の睡眠薬であったと言われるが、青酸カリであったという説もある。友人の小穴隆一に宛てた手紙に記した「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」という言葉が先走り、厭世的な自殺というのが芥川の死に関する定着したイメージであるが、義兄が多額の債務を残して自殺したこと、さらには偏頭痛、閃輝暗点等の肉体的な衰弱も大きな影響を及ぼしていたと言われる。しかし、妻、菊池寬、小穴にと残した遺書により、後生に残したイメージは「ぼんやりとした不安」――それは死すらも自らの作風に落とし込んだかのようなイメージ通りの自殺である。

(写真はWIkipedia 芥川龍之介より)

7月24日の不幸

1927年
【自殺】【早世】芥川龍之介【小説家】

『羅生門』『蜘蛛の糸』など日本文学史に残る不朽の名作で知られる大正期の日本を代表する小説家。1927年1月には妻の友人であった平松麻素子とプラトニックな関係のまま帝国ホテルで心中しようとしたが失敗。そこから約半年後に田端にあった自宅の部屋で服毒自殺を遂げた。没年35歳。友人の小穴隆一に宛てた手紙に記した「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」という言葉が社会的動揺を呼んだが、義兄が多額の債務を残して自殺したこと、さらには偏頭痛、閃輝暗点等の肉体的な衰弱も大きな影響を及ぼしていたと言われる。その死後、純文学の新人に与えられる日本最大の文学賞「芥川龍之介賞」が親友の菊池寛により創設され、現在に至るまで続けられている。

1980年
【急逝】ピーター・セラーズ("Peter" Sellers)【コメディアン・喜劇俳優/イギリス】

両親ともに芸人という出自で2歳の頃から芸能の道に入ったコメディアンであり、1960年代〜1970年代にかけて世界中で爆発的な人気を誇った『ピンク・パンサー』シリーズのクルーゾー警部役で知られている喜劇俳優。1980年7月24日に心臓発作を起こし急逝。没年54歳。39歳の頃から心臓にペースメーカーを埋め込んでの活動であった。

1985年
【事故死】たこ八郎【プロボクサー・コメディアン・俳優】

少年時代のどろんこ遊びが原因で左目の視力をほとんど失いながらも、それを隠して本名の佐藤清作としてプロデビュー。1962年には第13代日本フライ級チャンピオンを獲得するも、3度目の防衛戦に敗戦後、その好戦的なファイトスタイルも手伝い、パンチドランカーの症状が原因となり引退。現役通算43戦34勝11KO8敗1分け。ボクサー引退後、同郷の宮城県出身である由利徹に弟子入りし、コメディアンに転身。そのおおらかな性格を活かした"たこ八郎"なるキャラクターで、性格俳優としても活躍した。人気絶頂の1985年7月24日午前10時20分頃に、神奈川県足柄下郡真鶴町の海水浴場で飲酒した直後に海へと入り、心臓マヒで急死。没年44歳。