『ニューヨークヤンキース時代の伊良部秀輝』

2011年7月27日は、日本プロ野球の千葉ロッテ・マリーンズや阪神タイガース、MLBのニューヨーク・ヤンキース等で活躍した本格派右腕投手、伊良部秀輝が自殺をした日である。
ロッテ時代は当時日本最速の158キロを記録し、最多勝1回、最多奪三振2回、最優秀防御率2回を獲得する、日本プロ野球界最高レベルの右腕として球界に君臨したが、引退後は暴行容疑で現行犯逮捕(不起訴)、実業に失敗するなど、暗い影を落としていた。そんな矢先の2011年7月27日に、ロサンゼルスの自宅で首吊り死体となって発見されたのである。その理由として家庭、妻子との不和が囁かれているが、それを否定する報道もあり、真実は定かではない。ただし、その遺骨は妻とその母により受け取りを拒否され、49日を待たずに無縁仏として千葉市内の寺院に埋葬されている。近年、ここまで光と影が交錯する人生を送った人間は少ないであろう。その現役時代の勇姿とともに、その死にまつわる悲劇も、プロ野球の歴史として、忘れてはならない。

(写真は「find a grave.com」より)

7月27日の不幸

1981年
【急死】ウィリアム・ワイラー(William Wyler)【映画監督/ドイツ・アメリカ合衆国】

不朽の名作ともいわれる『嵐ケ丘』『ローマの休日』『ベン・ハー』『コレクター』等の映画を手がけ、ハリウッド黄金期である1940〜1950年代を代表する映画監督。生涯3度のアカデミー監督賞を受賞した人物として映画史にその名を残している(1943年『ミニヴァー夫人』1946年『我等の生涯の最良の年』1959年『ベン・ハー』)。晩年まで活動を続け、1981年7月27日に心臓発作で急死。没年79歳。

1985年
【死去】天知茂【俳優・映画監督】

ニヒルな二枚目として映画・テレビ・舞台にと様々なメディアで独特の存在感を放った名優。中でも三島由紀夫により丸山明宏の舞台『黒蜥蜴』の明智小五郎役に起用されたことで同役のイメージが定着。1977年から始まったテレビドラマ『江戸川乱歩の美女シリーズ』(土曜ワイド劇場)で25作にわたり明智小五郎を演じ続けた。1985年7月27日にクモ膜下出血で54歳没。

2010年
【自殺】山本真純【アナウンサー】

1999年に日本テレビに入社し、ニュース番組などで活躍した女子アナウンサー。2009年3月3日に結婚し、翌年2月に長男を出産。育児休暇中の2010年7月27日に宮城県仙台市青葉区のマンションの前で死亡。家族らの証言により、産後鬱による飛び降り自殺だといわれている。34歳没。

2011年
【死去】三城晃子【タレント・女優】

"顔デカおばちゃん"の愛称で『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』を始めとしたテレビバラエティやドラマ、映画等で活躍した怪女優。お笑いプロレス「西口プロレス」のラウンドガールを務めていたことでも知られる。多臓器不全で65歳没。

2011年
【急死】レイ・ハラカミ【ミュージシャン】

1996年にデビューしたエレクトロ、テクノの作曲家、ミュージシャン。UA、くるり、イルリメ等人気ミュージシャンのプロデュース、リミックスを手掛け、2007年には矢野顕子とのユニット「yanokami」としても活動した。2011年7月27日に脳出血で急死。没年40歳。

2011年
【自殺】伊良部秀輝【プロ野球選手・実業家】

1988年に尽誠学園高校から日本プロ野球のロッテ・オリオンズ(後の千葉ロッテ・マリーンズ)に入団し、以来、阪神タイガース、MLBのニューヨーク・ヤンキース、モントリオール・エクスポズ、独立リーグの高知ファイティングドッグス等で活躍した本格派右腕投手。ロッテ時代は当時日本最速の158キロを記録し、最多勝1回、最多奪三振2回、最優秀防御率2回を獲得する、日本プロ野球界最高レベルの右腕として球界に君臨した。日本プロ野球通算72勝69敗、MLB通算34勝35敗。引退後は暴行容疑で現行犯逮捕(不起訴)、実業に失敗するなど、暗い影を落とし、2011年7月27日に、ロサンゼルスの自宅で首吊り死体となって発見された。42歳没。その理由として家庭、妻子との不和が囁かれており、その遺骨は妻とその母により受け取りを拒否され、49日を待たずに無縁仏として千葉市内の寺院に埋葬されている。