『「橋北中学校水難事件」を伝える1955年(昭和30年)7月28日の「朝日新聞」日刊』

1955年7月28日は、三重県津市中河原海岸で水泳の課外授業中の津市立橋北中学校の女生徒36人が死亡した「橋北中学校水難事件」が起きた日である。
泳げない生徒の組に入った女生徒たちのうち約100名が入水後僅か数分で一斉に身体の自由を喪失し、溺れるという緊急事態が発生。引率の女教師も溺れていることからもその異常事態がうかがい知れるが、引率教師、男子生徒、現地住民と急いで駆けつけた医師らによる懸命の救出作業も及ばず、引き上げた49人中36人が溺死した。原因は異常流によるものと結論づけられたが、この事件にはまだ後日談が続いた。中河原海岸は事件の「10年前の7月28日にアメリカ空軍の落とす焼夷弾を避けて海へ飛び込んだ100名ほどが溺死した場所」であり、助かった女生徒たちの証言に拠れば「海底からたくさんの女性が足を引っ張ってきた」というのだ。このような論説は事件後、大手メディアでも繰り返し報じられ、まさに“都市伝説”として今日まで語り継がれている。確かに米軍による空爆は1945年7月28日、29日に行なわれているが、中川原海岸での被害が甚大であったという記録はない。しかし、たった10年で繰り返された不幸が人々の心に焼き付いて離れないことは、容易に理解できるというものだろう。

(写真は1955年7月28日付けの『朝日新聞』日刊)

7月28日の不幸

1741年
【死去】アントニオ・ヴィヴァルディ(Antonio Lucio Vivaldi)【作曲家・ミュージシャン・宗教家/イタリア】

不朽の名作といわれるヴァイオリン協奏曲集『四季』の作曲者として知られ、バロック後期を代表するイタリア・ヴェネツィア出身の作曲家。ヴァイオリニストとしてもしられ、サン・マルコ大聖堂付のオーケストラで活躍する一方で、サン・ジェミニアーノ教会付属学校で25歳の時に司祭となった。作曲家としての人気が出てからは演奏旅行やオペラ公演にヨーロッパ中を駆け回り、1940年にかねてから念願であったウィーンでのオペラ公演『メッセニアの神託』に乗り出したが、その途上でパトロンであったローマ皇帝のカール6世が死亡。喪中は全ての興行が停止されたために絶大な損害を被り、失意のままウィーンのケルントナートーア劇場で死亡した。没年63歳。内臓疾患が原因であったといわれている。

1750年
【死去】ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach)【作曲家・ミュージシャン/ドイツ】

後期バロックの代表者であり、西洋音楽史上に於いても最大の作曲家ともいわれる人物。音楽界に多大な貢献を果たしたバッハ家においても最も目覚ましい業績を残した"大バッハ"。膨大なその作品群はオペラ以外のあらゆるジャンルをカバーしているといわれ、とりわけフーガに於いて抜きんでた才能を発揮したといわれる。生前のバッハは宮廷オルガニストや宮廷楽長、ライプツィヒ市の音楽監督などを務める演奏家の一人とだけ目されていたが、その死後、モーツァルト、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ショパン、シューマン、リストら後進の音楽家が演奏したことにより評価され、世界的な名声を獲得することとなった。晩年は1749年5月末に脳卒中で倒れ、内障眼が悪化したことで視力もほとんど失っていた。翌1750年3月にイギリスの眼科医ジョン・テイラーにより2度の手術を受け、テイラーは新聞記者を集めて「視力は完全に回復した」と発表。だが手術は失敗しており、さらなる悪化で投薬が必要になるという結果を招いた。その後は病床に伏し、7月28日午後8時15分に死亡。没年65歳。なお、後年ヘンデルもテイラーによる同様の手術を受け失敗に終わった。

1965年
【死去】江戸川乱歩【小説家・評論家・編集者】

大正〜昭和期にかけて数多くの大ヒット小説を発表し続けた推理小説の大家。その作風は名探偵・明智小五郎を主人公に"エロ・グロ・猟奇"を追求した作品から、子供向け文学の『怪人二十面相』シリーズまで、幅広いものであった。一方、推理小説の評論や探偵小説雑誌『宝石』の編集や経営にも携わり、同誌や江戸川乱歩賞を通じて数多くの後進を発掘、育成した。晩年は動脈硬化や副鼻腔炎、パーキンソン病等を患ったものの、口述筆記で著作を続け、1965年7月28日にクモ膜下出血で死亡。没年70歳。戒名は智勝院幻城乱歩居士。死後の31日、正五位勲三等瑞宝章を追贈された。

2001年
【死去】山田風太郎【小説家】

推理小説、時代小説から伝奇小説まで、幅広いジャンルでヒット作を多数残した、戦後日本を代表する小説家。東京医科大学卒業の医学士号を持っていたことでも知られている。1947年に『宝石』の短編懸賞に『達磨峠の事件』が入選し小説家デビューを果たし、代表作に『魔界転生』『忍法帖シリーズ』『妖異金瓶梅』等。晩年は白内障、糖尿病、パーキンソン病を患い、デビューのきっかけとなった師匠筋にあたる江戸川乱歩と同じ7月28日に死亡(2001年)。没年79歳。

2007年
【死去】カール・ゴッチ(Karl Gotch/Karl Istaz)【プロレスラー・プロレス指導者/ベルギー・アメリカ合衆国】

ベルギー出身ながら、アメリカに渡るとドイツ名を名乗り活躍したプロレスラー。アマレスのテクニックを応用した必殺技"ジャーマン・スープレックス"の元祖といわれ、アントニオ猪木、木戸修、藤原義明、前田日明、西村修等、各世代にわたり日本のプロレスラーを鍛え上げ"プロレスの神様"と呼ばれたプロレスラー。ゴッチが指向したイギリスに源流を持つ"キャッチ・アズ・キャッチ・キャン"の技術をベースにしたストロング・スタイルのレスリングは、シュートも辞さない強さを持っていたが、エンターテイメント指向の強いアメリカ・マットでは敬遠され、当時の世界チャンピオン"鉄人"ルー・テーズに認められる実力を持ちながらもメジャータイトルを獲得できない"無冠の帝王"と呼ばれていた。晩年までフロリダ・タンパの道場で後進の育成に務め、2007年7月28日21時45分にタンパ市で82歳没。死因は大動脈瘤破裂と報道された。

2009年
【早世】川村カオリ【歌手・モデル・女優】

日本人の父とロシア人の母との間にモスクワで生まれたハーフであり、1998年に辻仁成プロデュースの『ZOO』でデビューしたシンガー。1990年の『神様が降りてくる夜』1991年の『翼をください』が大ヒットし、一躍スターに。並行してファッションモデル、女優としても活動した。私生活では1999年にロックバンド「SOBUT」のギタリストMOTOAKIと結婚し、2001年12月に長女を出産したが、2004年に乳ガンが発覚。左乳房の切除手術を受け、抗ガン剤治療を続けながら翌年活動再開。しかし2008年10月1日に自らのブログ『川村カオリの調子はいいんだけど...。』でガンの再発と転移を発表。最後のライブは2009年5月5日東京・渋谷・CCレモンホールで開催されたもの。全13曲を椅子に座った状態で歌い、アンコールの『ZOO』はギターを持ち立って歌った。同月27日に13年ぶりのアルバム『K』を発表。7月28日午前11時01分に乳ガンで死亡した。没年38歳。葬儀は日本最大の正教会であるニコライ堂で行なわれた。