『「ブラック・トム大爆発」直後のジャージーシティの倉庫』

1916年7月30日は、ドイツ国家の諜報員によるアメリカ本土への攻撃として知られる『ブラック・トム大爆発』の発生した日である。
第一次大戦のさなか、連合国側の軍事物資輸送の拠点であったジャージーシティ、ニューヨーク港のブラック・トム地域には当時約45,000kgのTNT火薬と約900,000kgもの弾薬が保管されており、そこに目を付けたドイツ軍のスパイ、フランツ・フォン・リンテレンらにより放火が実行されるやいなや、地震かと錯覚するような大爆発が数時間にわたり連鎖的に発生した。その結果4人が死亡、数百名の負傷者と甚大な軍需物資の損害が発生し、アメリカ国民に大きな衝撃を与えた。というのも、この大爆発はブラック・トムからは対岸にあたるリバティ島の「自由の女神像」に甚大な被害を与えたからである。その損害は現在の通貨に換算して200万ドルともいわれ、その結果として腕とトーチにあった観覧室は塞がれることとなった。2000年9月11日のアメリカ同時多発テロで標的となったワールドトレードセンターの人的被害には遠く及ばないものの、結果的にアメリカの象徴を攻撃することになったこの事件も、アメリカにとっては忘れられない“不幸な出来事”となったのである。
また、驚くべきことにこの事件は、20世紀以降、アメリカ本土が外国から攻撃された唯一の例なのである。長きにわたり“世界の警察”として世界中のあらゆる国で戦争を繰り広げてきた大国が、その広大な本土をほぼ完全に守り通しているのだ。「ブラック・トム大爆発」は確かに悲劇である。しかしその事件は同時に、アメリカの世界への絶大な影響力を雄弁にもの語る記憶なのである。

(写真はWikipedia Black Tom explosionより。Public Domain)

7月30日の不幸

1912年
【死去】明治天皇【天皇】

孝明天皇の第二子であり、1867年に日本の第122代天皇に即位した人物。諱は睦仁。幕末期の混乱期を超えて1868年4月6日に「五箇条の御誓文」を発表。近代国家の君主として政治・経済・軍事に携わり、日清戦争、日露戦争で、直接戦争の指揮官として指導に当り、韓国併合や満州経営にも乗りだした。1912年7月頃から糖尿病が悪化し尿毒症を併発。7月29日22時43分に死亡したが、次代天皇即位の犠のうち当日にしなければならないものがあるために宮内省は崩御日時を7月30日午前0時43分と発表。没年59歳。

1930年
【自殺】ジョアン・ガンペール(Joan Gamper)【サッカー選手・実業家】

スイス出身のサッカー選手であり、世界最大のフットボールクラブのひとつ、FCバルセロナの創設者のひとり。スイスのバーゼルやFCチューリッヒで活躍したガスパールは、引退後、バルセロナに移住。企業スポンサーを持たない、ソシオ(会員)からの出資のみによって運営されるという、"市民のクラブ"としてのFCバルセロナの発展に注力したが、晩年は金銭問題を抱え、鬱病の果てに自殺。没年52歳。

1965年
【死去】谷崎潤一郎【小説家】

日本文学界に於けるエロティシズムの大家であり、明治時代から昭和期にかけての耽美派文学を牽引した小説家。代表作に『刺青』『痴人の愛』『卍(まんじ)』『蓼喰ふ虫』『春琴抄』等。エロティシズムの中でも、特にマゾヒズム、女性崇拝ともいえるジャンルに於いて飛び抜けた作品を連発し、ノーベル文学賞の候補に挙げられるほどの活躍をしたため、正統な文学界の後進はいうに及ばず、後にマゾヒズム文学でアンダーグラウンド的に活躍した『家畜人ヤプー』の著者・沼正三にまで、多大なる影響を残した。腎不全に加え心不全を併発し79歳没。