『原爆投下直後の広島市の写真にされた、ポール・ティベッツ陸軍大佐のサイン』

1945年8月6日は、第二次世界大戦終盤において、アメリカ軍が日本の広島に原子爆弾を投下した日である。
この人類初となる原子力爆弾の使用は、午前8時15分に行なわれたが、そのたった一発の爆弾で推定)〜16万人の命を奪ったとされている。当時の広島市の人口が約35万人であったため、30〜50パーセントもの市民が原爆により命を奪われたということになる。
この人類史でも類をみない大規模殺傷兵器の使用は、7月25日にトルーマン大統領によって決定され、ポール・ティベッツ陸軍大佐のチームがB-29“エノラ・ゲイ(ティベッツの母の名)”に乗り込み、原子力爆弾“リトルボーイ”を投下した。
この写真は、戦勝のヒーローとなったティベッツ大佐がどこかでサインを求められた際に作られたものであろうが、想像するだにおぞましいサイン色紙である。ちなみに、戦後彼は広島空爆を再現する航空ショー(キノコ雲付き)も行なっており、さすがの日本政府も抗議し、米国側が謝罪したという経緯もある。
古来より首狩り族は刈った首を飾ってきた。釣り人は釣った魚の大きさを誇ってきた。ならばパイロットがその甚大な爆破記録を誇っても不思議ではない。不思議ではないのであるが、このサイン色紙のおぞましさについては、人間が生きてゆく限り考え続けなければならない。

(Wikipedia Atomic bombings of Hiroshima and Nagasakiより使用)

(Wikipedia )

8月6日の不幸

1890年
【死刑】『最初の電気椅子による処刑が行なわれる』ニューヨーク州のオーバーン刑務所で、内縁の妻を手斧で殺害したウィリアム・ケムラーに対し史上初の電気椅子を使った死刑が執行された。最初の17秒の電流で死んだかと思われたが、まだ息があったためにさらに8分のショックを与え、最終的には人体が燃えるという顛末に社会的な批判が相次いだ。
1930年
【怪事件】【未解決事件】「ニューヨーク州最高裁判所判事失踪事件」1930年4月に当時のニューヨーク州知事、フランクリン・ルーズベルトより、州最高裁判所の判事に任命されたジョセ・フクレーターが、8月6日夜、ニューヨーク西45番街のレストランで友人と食事をし、1人でタクシーに乗ったの目撃情報を最後に行方不明に。政界汚職に関与したとの噂が出たが、現在もその消息は不明のまま、1939年6月6日、死亡宣告を受けた。
1945年
【戦争】「広島市への原子爆弾投下」第二次世界大戦終盤において、アメリカ軍が日本の広島に原子爆弾を投下。この人類初となる原子力爆弾の使用は、午前8時15分に行なわれたが、そのたった一発の爆弾で推定)〜16万人の命を奪ったとされている。当時の広島市の人口が約35万人であったため、30〜50パーセントもの市民が原爆により命を奪われたということになる。
1983年
【早世】【エイズ】クラウス・ノミ(Klaus Nomi)【歌手/ドイツ】デヴィッド・ボウイのバックコーラスなどを経てソロデビュー。2作目の『Simple Man』リリース後にエイズを発症して死亡。没年39歳。エイズで死んだ最初の著名人といわれている。