『米軍とその家族のためのイベント「USO WORLD GARA」でパフォーマンスをするロビン・ウィリアムス』2008年撮影

2014年8月11日は、アメリカを代表する俳優でありコメディアンのロビン・ウィリアムスが首吊り自殺を遂げた日である。晩年は鬱病に苛まれていたといわれ、彼の妻によると初期パーキンソン病の診断も受けて折り、その影響もあったのかもしれない。
ロビン・ウィリアムスはスタンダップ・コメディアンとしてデビューした1970年代には既にテレビの人気スターであったが、その当時からドラッグ(コカイン)とアルコールの中毒症であったという。
だが、1982年に、同じくコメディアン・俳優であり、友人でもあったジョン・ベルーシが薬物過剰摂取で急死した際に、自らの息子に酒とドラッグを断つことを誓って更生した。その後、ドラッグへの誘惑はジムとサイクリング
によって断ったというロビンであったが、2003年頃には飲酒を再会、やはり深刻な問題となった後に2006年頃からリハビリ施設で治療をしていた。
彼が大俳優としてのキャリアをスタートしたのは恐らくゴールデン・グローブ賞主演男優賞を受賞した『グッドモーニング・ベトナム』(1987年)頃からであろうが、つまり、我々がロビン・ウィリアムスを目にしていたほとんどの期間が、依存症との格闘をしていた期間であるということだ。
昨今の日本では薬物依存は“狂気の沙汰”であると騒がれているが、アメリカの芸能界であれば、彼ほど長期間にわたり活躍したの大物であっても苛まれている病気のひとつ。2014年に急死したフィリップ・シーモア・ホフマンもまた、生涯の薬物中毒と格闘した俳優だった。だが、アメリカの社会的に依存症から立ち直る道筋が多いことは、彼の他多くの前例が証明している。
彼の家族にとっては悲劇でしかないその自死であるが、遠くから彼の遺してくれた数多くのアートを享受していた我々としては、数度の更生を経て限界まで戦い抜いたのであろうその過酷な人生に、感謝を述べる他はない。
63歳というロビン・ウィリアムスの人生は、そして数多くの名作を遺した後の彼の死は、我々が狂気と共存することが可能であることを示している。

(画像はWikipedia Robin Williams より使用)

8月11日の不幸

1974年
【死去】ヤン・チヒョルト(Jan Tschichold)【タイポグラファー/ドイツ】ナチスドイツの迫害を避けてスイスに移住。ユニバーサルフォントを考案し、その他「Transit」「Saskia」「Zeus」「Sabon」のフォントをデザインした。没年72歳。
2014年
【自殺】ロビン・ウィリアムズ(Robin Williams)【俳優・コメディアン/アメリカ】モノマネや速射砲のような台詞回しを得意とするアメリカの正当派コメディ・スターから、様々な役回りをこなす演技派の名優に転身した世界的な俳優。代表作に『グッドモーニング・ベトナム』『レナードの朝』『ミセス・ダウト』等。プライベートではアルコール、ドラッグの依存症に悩む人生を送り、晩年は鬱病に苛まれ、2014年8月11日に自宅で縊死。没年63歳。