『阿南惟幾のポートレート』

1945年8月15日は、第二次世界大戦敗戦時の陸軍大臣、阿南惟幾が切腹で死亡した日である。
そしてそれは、日本が天皇の詔勅によりポツダム宣言受諾、敗戦を知った日である。
1945年の4月に陸軍大臣に就任した阿南は、最後まで強硬に抗戦を主張していたが、昭和天皇と鈴木貫太郎内閣総理大臣によるポツダム宣言受諾が決定されたことを知ると、関係者に謝罪と挨拶を済ませ、静かにひとり、切腹を選んだ。
阿南を担ぎ上げようとしたクーデターの計画もあったし、部下を連れて玉音放送後の特攻を選んだ宇垣纏のような例もあった。
しかし阿南は国民に終戦が告げられる正午の放送の前、午前5時に介錯人すら無しでの切腹を果たした。
絶命を助けるために打ち首をする介錯人がいないひとりでの切腹というのは、より困難で苦痛が伴うもので、それ故に、より名誉あるものとされていた。
阿南の切腹も、5時半に始められて7時10分に絶命したので、1時間40分もの時間を要している。
その時間の長さが、何よりも雄弁にその人生を語っている。

(写真はWikipedia 阿南惟幾より。Public Domain)

8月15日の不幸

1年
準備中
1938年
【死去】ニコラ・ロメオ(Nicola Romeo)【実業家/イタリア】イタリアの高級車メーカー、アルファロメオ創業者。62歳没。
1945年
【特攻】【自殺】宇垣纏【軍人】海軍大学出身の大日本帝国海軍中将。第二次大戦の陣中日記『戦藻録』を記したことでも知られる。天皇による玉音放送後に11機で沖縄戦の米軍に特攻をしかけ死亡。没年55歳。
1945年
【切腹】阿南惟幾【軍人・政治家】第二次世界大戦敗戦時の陸軍大臣。天皇によるポツダム宣言受諾の発表寸前に切腹自殺。有史以来初めての現役大臣による自殺。58歳没。
1949年
【死去】石原莞爾【軍人】陸軍大学校出身の陸軍軍人。日本によるアジア支配を元にした『世界最終戦論』を創案した軍事思想家でもあった。関東軍作戦参謀として満州事変を成功させた人物であるが、第二次大戦末期は東條英機と対立し暗殺計画を謀るなどして左遷されていた。晩年は肺炎、肺水腫、膀胱ガンなどを患い死去。没年60歳。
1967年
【死去】ルネ・マグリット(René François Ghislain Magritte)【画家/ベルギー】アートシーンのみならず、20世紀のポップカルチャーに多大な影響を与えたベルギーシュルレアリスムの代表的な画家。膵ガンで68歳没。
1974年
【誘拐事件】「津川雅彦長女誘拐事件」俳優の津川雅彦の長女、当時生後5カ月の真由子が自宅から誘拐され身代金500万円が要求された事件。150万円を指定の口座に入金したところ翌16日に引き出し捜査から誘拐犯が特定され逮捕。人質も無事保護された。長女は後の女優としてデビューしている。
2006年
【放火】「加藤紘一宅放火事件」小泉純一郎元首相の靖国神社参拝に関し否定的な発言をしていた加藤紘一元自民党幹事長の自宅(山形県鶴岡市)を右翼団体「大日本同胞社」幹部の男が放火し割腹自殺(未遂)。自宅に併設された事務所が全焼した。