『エルビス・プレスリーの「ジェイルハウス・ロック」の宣材写真とベーブ・ルースのサイン入りポートレート(1920年撮影)』

8月16日は、今も世界中を熱狂させ続ける「ロックン・ロール」と「ベース・ボール」の草創期に、ジャンル自体を爆発的人気に押し上げたカリスマ的存在であり、ともにアメリカが生んだ世界的大スターであるエルビス・プレスリーとベーブ・ルースが死んだ日である。
ともに恵まれた体躯を活かしたダイナミックなパフォーマーであり、ともに暴飲暴食癖で知られた“人間味溢れる”パーソナリティーの持ち主であり、活躍した年代にズレはあるものの、どちらも古き良き時代のアメリカを象徴する“ビッグ”で“タフ”なヒーローの象徴的存在であった2人が同じ日に死んでいることは、なにか運命的なものを感じさせる。
 有史以来、アメリカのタフさの象徴であった大統領が「Make America Great Again」とダミ声で叫ばねばならない現在、エルヴィスやベイブらが牽引した“自由の大国”は既に失われたといえるだろう。

(写真はそれぞれWikipedia Elvis Presley、Babe Ruthより。Public Domain )

8月16日の不幸

1948年
【死去】ベーブ・ルース(George Herman "Babe" Ruth, Jr.)【プロ野球選手/アメリカ合衆国】

メジャーリーグベースボール創成期に活躍した伝説的ホームラン・キング。スポーツマンらしからぬ不摂生な体、不遜で粗暴なパーソナリティでありながら誰からも愛された。レッド・ソックス在籍時まではほぼピッチャーとして活躍していたが(通算94勝)、その打撃センスを活かすために打者に専任、移籍先のニューヨーク・ヤンキースでは強打の中心打者として黄金時代を築いた。生涯ホームラン数714本は歴代3位。本塁打王を12回獲得したほかMVP1回、首位打者1回、打点王6回、最優秀防御率を1回獲得している。ルースを移籍に出して以来レッドソックスが勝てないという「バンビーノの呪い」、病床の少年に約束して打った「約束のホームラン」等、記録以外にも数多くのエピソードで記憶されたが、引退後は指導者としての仕事には恵まれず、肺炎で53歳没。

1949年
【事故死】マーガレット・ミッチェル(Margaret Munnerlyn Mitchell)【小説家/アメリカ】生涯唯一の発表作『風と共に去りぬ』でピューリッツァー賞受賞。飲酒していた非番のタクシー運転手の車にはねられ、その5日後に死亡。没年48歳。
1977年
【急死】エルヴィス・プレスリー(Elvis Aron Presley)【歌手/アメリカ合衆国】

"ザ・キング"の名で知られるロックン・ロールの伝説的歌手。黒人の音楽として生まれたロックを、その並外れた美声と圧倒的なパフォーマンスで白人の世界に解放した。またファッションやダンスでも世界的な影響力を誇り、腰を激しく動かすそのスタイルから、『エド・サリバン・ショー』出演時には下半身を映さないような演出となった。代表曲『ジェイルハウス・ロック』『ラヴ・ミー・テンダー』等で、全米ナンバー1ヒットは18曲を数える(歴代2位)。晩年はラスベガス公演が中心となったが、ストレスにより過食症を患い、不整脈で急死した。42歳没。死後に生存説が流れたことでもその存在感の大きさが窺い知れる。

1992年
【スポーツ】「松井秀喜5打席連続敬遠」甲子園で行なわれた第74回全国高等学校野球選手権大会で、当時怪物高校生スラッガーとして一世を風靡していた星陵高校の松井秀喜が、対戦相手の明徳義塾高校の作戦により全打席の5打席連続で敬遠四球を与えられるという大珍事が勃発。結果的に星陵は敗れ、高校野球のスポーツマンシップを問う社会問題にまで発展した。
2003年
【死去】イディ・アミン(Idi Amin)【軍人・政治/ウガンダ】ウガンダの第3代大統領。ボクシングの元ヘビー級王者。ウガンダ軍参謀総長時代に軍事クーデターで政権を掌握、独裁体制を敷いた。国民を30〜40万人も虐殺したという恐怖政治で、"人喰い大統領"と呼ばれた。大統領在任時、元ヘビー級ボクサーという肩書きに注目した国際プロデューサー・康芳夫により、アントニオ猪木との異種格闘技戦が実現する寸前であったという。晩年は軍内部の反乱を避けサウジアラビアに亡命し、多臓器不全で死去。没年78歳(推定)。